『攻撃される知識の歴史 (原題)Burning the Books なぜ図書館とアーカイブは破壊され続けるのか』リチャード・オヴェンデン著(柏書房)

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攻撃される知識の歴史

『攻撃される知識の歴史』

著者
リチャード オヴェンデン [著]/五十嵐 加奈子 [訳]
出版社
柏書房
ジャンル
総記/総記
ISBN
9784760154425
発売日
2022/04/26
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

『攻撃される知識の歴史 (原題)Burning the Books なぜ図書館とアーカイブは破壊され続けるのか』リチャード・オヴェンデン著(柏書房)

[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)

情報を隠し放置する権力

 知識への攻撃という観点から、紀元前から現代までの歴史を扱った壮大な文明史である。著者は40年近いキャリアを持つライブラリアン(司書)であり、ヨーロッパ有数の伝統を誇る英国ボドリアン図書館の館長を務めている。

 人間が集まって共同体を作り、社会を発展させていくためには、共有された知識を記録し、残していく必要がある。そのために情報を体系的に収集して保存する図書館や、実務的な記録を残すアーカイブが古代から存在してきた。

 しかし、知識は為政者にとって支配の道具になるのみならず、危険な刃にもなる。それゆえ、知識は政治権力によってしばしば破壊の対象とされた。イギリスの宗教改革では、多くの修道院図書館にあった貴重な蔵書が破壊され、19世紀の米英戦争において、イギリス軍はアメリカ議会図書館を意図的に焼き討(う)ちした。そしてナチス・ドイツはユダヤ人のみならず、彼らの文化も根絶するために、実に一億冊以上の本を破壊したという。

 知識の破壊は戦争や動乱によるものだけではない。著者によれば、古代アレクサンドリア図書館の消滅は、一度の火災によるものではなく、指導力や資金の欠如による何世紀にもわたる放置が本源的な原因であるという。知識の保存は無料ではない。誰かが継続的にコストを負担せねばならないのである。

 近年デジタル社会の到来によって知識のあり方も大きく変わりつつある。デジタル情報は、放置や意図的な破壊に対して脆弱(ぜいじゃく)である上に一部の有力企業によって独占されている。わずか数年前の情報でもリンク切れでアクセスできない経験は読者にもおなじみであろう。氾濫するデジタル情報を知識としていかに後世に残すかは重要な課題となっている。

 政治権力は時に自らにとって不都合な事実を覆い隠そうとする。人々が体系的に保存された知識に自由にアクセスできる権利は、開かれた社会を守るために不可欠なのだ。本書は、図書館や公文書館の存在がなぜ重要なのかを改めて考えさせてくれる。五十嵐加奈子訳。

読売新聞
2022年7月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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