『脳は世界をどう見ているのか 知能の謎を解く「1000の脳」理論 (原題)A Thousand Brains』ジェフ・ホーキンス著(早川書房)
レビュー
- 読売新聞
- [レビュー]
- (生物・バイオテクノロジー)
『脳は世界をどう見ているのか』
- 著者
- ジェフ・ホーキンス [著]/大田 直子 [訳]
- 出版社
- 早川書房
- ジャンル
- 自然科学/自然科学総記
- ISBN
- 9784152101273
- 発売日
- 2022/04/20
- 価格
- 2,860円(税込)
書籍情報:openBD
『脳は世界をどう見ているのか 知能の謎を解く「1000の脳」理論 (原題)A Thousand Brains』ジェフ・ホーキンス著(早川書房)
[レビュアー] 小川哲(作家)
目から鱗 大脳新皮質
囲碁AIのアルファ碁がトップ棋士に勝利したのは2016年のことだ。AIによる音声認識も日常生活に馴染(なじ)んだ。海外のウェブサイトも、驚くほどの精度で自動翻訳してくれる。ディープラーニングの手法が確立されたことで、特定の分野においてAIは人間を凌駕(りょうが)した。
AIは人間の知能を超えたのだろうか。本書によれば、答えは「ノー」だ。我々はトップ棋士に勝つことはできなくても、碁盤に碁石を置くことならできる。時間はかかるし精度も低いかもしれないが、辞書を片手に翻訳をすることもできる。それだけではない。翻訳をまとめた紙をホチキスで留めて、学校の先生に提出したりすることもできる。残念ながら、それらすべてをこなすAIは存在しない。我々は、不正確でいい加減かもしれないが、日常的なさまざまな事柄を遂行することができるし、未知の状況に陥っても学習することができる。トップ棋士を破ることができたAIは、書類をホチキスで留めることすらできない。
本書によれば、現時点における我々とAIの差は学習の仕方にある。我々は常に学習していて、脳内の世界モデルを常に更新している。現在のAIシステムの多くは、長い訓練プロセスを経て、完成品として運用される。これでは、絶えず変化し続ける現実世界に適応できない。
では、我々はどのようにして学習しているのだろうか。どのようにして英語の文章を見て、辞書を引きながら翻訳し、それをプリントアウトして、ホチキスで留めるのだろうか。本書はそれを「一〇〇〇の脳理論」という理論で説明する。脳の――とりわけ大脳新皮質の仕組みを理解する上で、目から鱗(うろこ)の理論である。
我々はみな、一流の研究者たちが何億円もかけて研究しても辿(たど)りつかなかった最新のコンピュータを脳に積んでいる。その価値に驚愕(きょうがく)することができるのも今だけかもしれない。そんなことを考えさせられる本だ。大田直子訳。