<東北の本棚>方針撤回の舞台裏記す

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<東北の本棚>方針撤回の舞台裏記す

[レビュアー] 河北新報

 移転か、現地存続か-。2019年11月、降って湧いたような宮城県美術館の移転騒動はわずか1年後、知事が方針を撤回し決着した。胸をなで下ろす一方で、政策決定の不透明なプロセスに釈然としなかった人も多かったのではないだろうか。

 行政の独善的な姿勢を食い止めたのは、市民の粘り強い反対運動だ。40年前、美術館は人々のどんな思いから誕生したのか。フリージャーナリストが、丹念な資料渉猟と徹底取材で設立に至る歴史を掘り起こした上で、構想断念に追い込んだ逆転劇の舞台裏を解き明かす。

 話は1963年にさかのぼる。産業開発優先で文化芸術の貧弱さを問題視した俳人杉村顕道ら県内の文化人13人が、県芸術祭の開催を求めて結集した。「地元作家が自由に展覧会を開ける場所をつくりたい」。美術館誘致に向けて署名活動に乗り出す。

 県芸術協会はチャリティー展を開いて会員の作品を売って資金を稼ぎ、県は用地確保に奔走した。学芸員は作品収集に知恵を絞り、設計プランを巡って建築家と激論…。さまざまな立場の人々がぶつかり合い、情熱を注ぐ姿がありありと描かれる。

 後編は構想を進める行政と相対する県議会の動き、市民運動の広がりを記録。老朽化と維持費圧縮を理由に、新県民会館との移転集約案を打ち出した知事に対し、「文化的価値を軽視した拙速な議論」と市民や県政与党からも批判が集中、現地存続へとかじを切った経緯があぶり出される。

 美術館は2023年度に改修を行い、25年のオープンを目指す。声なき人々の意志を受け継ぎ、次世代にふさわしい美術館をつくり上げるのは県民だ。忘れてはならない原点を、本書は教えてくれる。著者は元河北新報記者。
(江)
   ◇
 プランニング・オフィス社022(266)9453=1650円。

河北新報
2022年7月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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