先哲との交流が与えてくれた私の「清浄光明」なる世界

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空海

『空海』

著者
松長 有慶 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
哲学・宗教・心理学/宗教
ISBN
9784004319337
発売日
2022/06/21
価格
968円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

先哲との交流が与えてくれた私の「清浄光明」なる世界

[レビュアー] 莫邦富(作家・ジャーナリスト)

 今年は日中国交正常化50周年。私にとっても、日中間の文化交流に大きな足跡を残した古代の先哲との「再会」を頻繁に重ねた前例のない記念すべき年だ。

 まずは1300年前の遣唐使である吉備真備との再会だ。5月1日に、倉敷市「吉備真備を顕彰する会」が開かれたとき、西安市の依頼を受けて祝賀のメッセージを代読した。吉備真備が一気に近い存在となった。

 吉備真備らとともに、遣唐留学生として入唐し、のちに唐の官職を歴任した阿倍仲麻呂とも「交流」ができた。仲麻呂は李白ら詩人と交友し、「翹首望東天/神馳奈良邊/三笠山頂上/想又皓月圓」という漢詩を世に残した。日本では「望郷の詩」というタイトルで知られる。

 静岡県の友人たちと「日中子ども写真展」を行う企画を進めているうちに、黄檗宗萬福寺系列の初山宝林寺の関塚哲心住職と知り合えた。今春、黄檗宗開祖隠元禅師の350回忌法要が営まれた。福建出身の隠元禅師は明朝の禅だけではなく、インゲン豆なども日本にもたらした。

 ちょうど「仲麻呂の『望郷の詩』を、日本人書家によって書写する記念事業を実施したい」という話を聞いて、関塚住職を推薦した。こうして関塚住職の書は海外来客を迎える西安市の応接間に飾られることになった。

 その直後に、岩波新書『空海』が出たのを見て、直ちに入手した。空海も苦労して長安にたどり着いた留学生の一人だ。長安では、三蔵法師玄奘も滞在した西明寺に住んだ。日本帰国後、真言宗を創立。四国に八十八道場の修行巡礼も創建した。835年入寂後、弘法大師の諡が授けられた。

 空海も間違いなく私が「再会」したい先哲の一人だが、2010年にすでに「交流」できた。

 高知県の足摺岬にある「亀の呼び出し所」で、不思議な体験をした。伝説では、空海が海の岩場へ祈祷に行くとき、いつもウミガメを呼んで海上タクシーのように使っていたという。以来、ウミガメは千百年前のしきたりを守り続けてきた。いまでも呼び出しがあれば、水面に出てきて乗る人を待つのだ。

 地元の古老に勧められた私は、海に向かって叫んでみた。信じられないことに、数分後にウミガメたちが本当に一斉に水面に出てきて、こちらへ泳いできたのだ。まるで道路脇で手を挙げたら、タクシーが何台も集まってくれたみたいだった。

 こうした不思議な体験を思い出しながら、『空海』を読み進む私は「清浄光明」な世界に入り、酷暑も忘れたほどだ。

新潮社 週刊新潮
2022年7月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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