『日本国憲法の二〇〇日』
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戦後の闇市が醸し出していたアナーキーな活気
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「親分」です
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半藤一利『日本国憲法の二〇〇日』で描かれるのは、戦争が終わった昭和20年8月15日から翌21年3月6日までの日本の姿だ。
3月6日というのは、主権在民・象徴天皇・戦争放棄を含む「憲法改正草案要綱」を政府が閣議決定し、国民に発表した日である。
つまりは日本国憲法が成立するまでの過程をたどった作品なのだが、そこは半藤さん、歴史的事実をただ追いかけるだけではない。
新聞の投書欄や看板の文句、街頭録音の発言、文士の日記、さらには半藤さん自身が小耳にはさんだ電車内の会話など、この時期に日本人が発した様々な声と言葉を織り込んで、敗戦直後の日本を活写してみせる。
その中に、玉音放送のわずか3日後、新聞に載った広告がある。新宿で露天商を統括してきた尾津組の尾津喜之助親分が、納入先を失った軍需産業の下請け業者に向けて出したものだ。
〈転換工場並びに企業家に急告! 平和産業の転換は勿論、其の出来上り製品は当方自発の“適正価格”で大量引受けに応ず〉
これが戦後の闇市のスタートを飾る広告となった。親分の目論見は当たり、業者が続々と組事務所に詰めかけた。持ち込まれた軍需品は生活物資に姿を変え、闇市で飛ぶように売れた。
東京の闇市は8人の親分が仕切った。新橋の松田組は〈消費者の最も買い良い民主自由市場〉という看板を掲げていたという。東京のアナーキーな活気を、親分たちが担っていた時代が垣間見える。