「芸術が変えられるのは、人の心の温度だけさ」 アートやカルチャーに思いを馳せる2作品

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凍る草原に鐘は鳴る

『凍る草原に鐘は鳴る』

著者
天城 光琴 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163915661
発売日
2022/07/05
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ

『ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ』

著者
一色さゆり [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575525779
発売日
2022/06/16
価格
770円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 仕事・人生]『凍る草原に鐘は鳴る』天城光琴/『ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ』一色さゆり

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 コロナ禍でアートやエンターテインメントに対して「不要不急」の烙印を押された時期があった。特にライブ・エンターテインメントは、小屋が閉鎖となり、再開後も客席は半分以下の使用率を余儀なくされた。ここ最近は時ならぬ物価高により、セット費用が倍近く跳ね上がっているという話も聞く。厳しい状態は続いているが、創作の火が絶えることはない。その裏には当該ジャンル従事者たちの情熱があり、工夫があるのだということを、第二九回松本清張賞受賞作・天城光琴『凍る草原に鐘は鳴る』(文藝春秋)を読みながら想像した。

 主人公は、遊牧民であるアゴールの民のマーラ。普段は遊牧を生業とする二四歳の彼女は、野外に書き割り(=場面を描いた幕)を据えて行う「生き絵」の劇作家兼演出家でもあった。ライバルたちを退け最高位の「生き絵司」に選ばれた直後、アゴールの民に災厄が降りかかる。〈動いているものの一切が、目に映らなくなってしまった〉。静止したものだけが視認できる世界では、なんとか生活するだけで必死だ。そんな状況下で、芸術はなんの役に立つ? しかも詩や絵画、音楽ならばまだしも、演劇は動きが必須となる芸術なのだ。マーラも一度は挫折する。が、アゴールの民と全く同じ怪現象に巻き込まれた稲城国へ商いで立ち寄ったところ、王のお抱え芸術家集団をクビになった奇術師・苟曙と出会い、同居生活を余儀なくされることになり――。

 苟曙との対話で新たな視点を得たマーラが、創意工夫を張り巡らせて「生き絵」に再び挑む展開が、胸アツの極み。災厄によってできなくなったことは無数にあるが、できることだって無数にある。災厄によって現れたニューノーマルの数々も、工夫の一部として取り入れてしまえばいい。「芸術が変えられるのは、人の心の温度だけさ」。もしも希望の方向に温めることができたなら、途轍もない価値を持つものなのだ。

 一色さゆり『ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ』(双葉文庫)は、日本各地の知られざるアートやカルチャーを紹介する記事を担当することになった、全国紙文化部の凸凹コンビの物語だ。硯、大津絵、漱石、灯台、円空。現地へ飛んで関係者に突撃する二人が、半ば取材そっちのけでボケツッコミを繰り広げる様子を追ううちに、取材対象への興味が掻き立てられ理解もぐんぐん深まっていく構成が見事。一方で、新聞社に買収騒動が持ち上がり、文化部不要論が勃発。二人の連載は窮地に立たされるが……と物語は進んでいく。

 果たしてアートやカルチャーは、それらを報じる自分たちの記事は「不要不急」なのか。そうではない、としたらどのようなロジックがあり得るのか? ラストの大演説の場面で、快感と納得が押し寄せる。その叫びは、読み終えた今も長く長くこだましている。

新潮社 小説新潮
2022年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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