『目で見ることばで話をさせて (原題)Show Me a Sign』アン・クレア・レゾット著(岩波書店)

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目で見ることばで話をさせて

『目で見ることばで話をさせて』

著者
アン・クレア・レゾット [著]/横山 和江 [訳]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784001160321
発売日
2022/04/14
価格
2,310円(税込)

書籍情報:openBD

『目で見ることばで話をさせて (原題)Show Me a Sign』アン・クレア・レゾット著(岩波書店)

[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)

ろう者への偏見に抵抗

 米アカデミー作品賞を受けた映画「コーダ あいのうた」をご覧になった方も多いだろう。家族の間で手話と音声とが自由に飛び交う環境に育つ子の物語は、ここ数年で出版物が相次いだが、本書もその貴重な一冊に数えられる。

 舞台は一九世紀はじめのアメリカ北東部マーサズ・ヴィンヤード島。遺伝性難聴によるろう者が二五人に一人の割合でいた村で、島には独自の手話言語も発達していた。村の人々にとり、手話は誰もが話すもう一つの自然な言語にすぎなかったが、そこへ本土から若く傲慢(ごうまん)な「科学者」がやってくる。ろうの「原因」を探り、その「標本」を持ち帰るためである。

 その彼に本土へと連行された主人公のメアリーは、はじめて外の世界の残酷な現実を知る。そこでは、ろう者は知能が低いと考えられて社会の底辺に押しやられていた。必死に叫び抵抗する彼女は、どのようにして自分が理性と品性を備えた文化的人間であることを周囲に伝えたのか。彼女が出会った社会の偏見は、けっして過去のものではない。

 物語には、当事者にしか描けない事実が多く含まれている。音の聞こえない世界は静寂ではなく、「ハチのようにブンブンにぎやか」だし、音を使わないおしゃべりは、はるか遠くにいる人ともできる。お互いが望遠鏡を使って会話するなんて、とっても便利そうだ。逆に、手に怪我(けが)をすると、饒舌(じょうぜつ)な言葉を紡げなくなる。

 作者は、ろう以外の社会的差別についても率直に歴史的文脈を写し取っている。アメリカ連邦は奴隷解放の夜明け前で、一家の農場には黒人も雇われていた。メアリーの母が嫌う先住民は、実はかつてピルグリムと共に最初の感謝祭を祝った優しいワンパノアグ族である。

 なお、原題(Show Me a Sign)は、おそらく聖書の引用である(詩篇(しへん)86:17)。主人公が呻吟(しんぎん)しつつ求める「恵みのしるし」と「手話」とが掛け合わされている。横山和江訳。

読売新聞
2022年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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