人類の誰もが経験する「終活」をテーマに イヤミスの旗手・秋吉理香子が語った執筆秘話

エッセイ

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終活中毒

『終活中毒』

著者
秋吉 理香子 [著]
出版社
実業之日本社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784408538075
発売日
2022/07/28
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

人生の最期に待つのは最高、いや最悪のサプライズ!? 悲喜交々の〈終活〉ミステリー 秋吉理香子

[レビュアー] 秋吉理香子(作家)

 人類の100パーセントが経験する「終活」。人生の終わりに向けて、遺言書、身の回りの片づけはもちろん、死ぬまでにやりたいことをやるのも、もちろん「終活」の一部。『暗黒女子』で知られるイヤミスの旗手・秋吉理香子氏が描いた悲喜こもごも、そしてサプライズ満載の『終活中毒』は、終活はまだ関係ないと思っている人にこそ読んでほしい傑作ミステリー小説。著者の秋吉氏が本作、そして「終活」への思いを語る。

 ***

 数年前、『婚活中毒』(実業之日本社文庫)を刊行したあと、さまざまな世代の方から反応をいただき、「あぁ婚活というものは、こんなに多くの人の興味をかきたてるのだな」、と感じた。結婚適齢期世代はもちろん、結婚に夢を抱くティーンエイジャー、娘や息子の結婚が気になる親世代など、老若男女、「婚活」が気になるお年頃だと言っても過言ではない。

 そもそも我々は、「〇活」が好きである。朝活、就活、妊活、終活、腸活、温活、オタ活、保活、菌活などなど。通常のルーティンワークでも「〇活」と銘打たれれば、たちまち充実した生活を送っている気持ちになる。みんな、程度の差はあれ、なんらかの「〇活中毒」を患っている。だから版元さんから「次の作品を」と言っていただいた時、また「〇活」を扱った短編集がいいな、と思った。

 ではなんの活動にするか。やはり「婚活」のように幅広い世代に「読みたい!」と感じてもらえるのがいい――そしていろいろ迷った末、「終活」を選んだ。

「終活」とは、「人生の終わりに向けて行う活動」である。いくら「婚活」が多くの人の興味を引くとはいっても、人類全員に関係があるわけではない。結婚はしなくてもいいし、しない人も、したくない人だっている。個人の意思が尊重され、自由だ。

 けれど、「終活」は違う。死は、必ず人類全員に訪れる。しなくてもいい、しない、したくない、というわけにはいかない。個人の意思など尊重されはしないし、自由などない。我々は決して死から目をそらせず、逃れられないのだ。そして積極的に「終活」している人でなくても、日々、誰でも生活の中で何気なく「死ぬ前にこれだけはしたい」、「自分がいなくなったらコレクションはあの人にもらってもらおう」など考えるくらいはするだろう。それだって、立派な「終活」の一部だとわたしは思っている。

 というわけで、本作のテーマは、人類の100パーセントが経験する「終活」に決めた。きっと面白い短編集になるだろう、とわくわくした。

 しかしいざ書こうとすると、非常に難しかった。死は、当然ながらとてもセンシティブなテーマである。どうしてもシリアスで重いストーリーになりがちであるが、それはわたしの目指す短編集ではなかった。思い切って全体的に明るく書く手法もありだが、それも求めるテイストとは違う。かといって不謹慎にならない程度にユーモアは交えたい。それに、やはりミステリー要素も盛り込みたい――考えれば考えるほど、書こうとすればするほど、ハードルがどんどん高くなっていった。

 アイデアが思い浮かんでも、なかなか良い形におさまらず、何度も何度も書き直した。『終活中毒』の短編はどれも70~80枚程度で、通常であれば2週間もあれば仕上げられるところを、2ヶ月近くかかってしまった一編もある。書き直しても書き直しても満足できず、わたしの手には負えない、とんでもないテーマをえらんでしまった、とものすごく焦り、後悔した。

 しかし、なんとか書きあげ、短編集として完成してみると、どの話も重すぎず、明るすぎず、ユーモアとペーソスのバランスが取れた作品になったのではないか、と我ながら満足している。4話それぞれに、ゾッとするもの、ハッとするもの、じんとするもの、ホッとするもの、と異なる味つけをし、主人公たちも、中年女性、高齢男性、小説家、お笑い芸人と、バリエーションを持たせることができたのも良かったと思っている。

 そして4話とも、ミステリーの要素を良い塩梅で配合することができた。前述通り、それぞれ全く味わいは違うものの、どの作品にも最後にはどんでん返しやサプライズが待っている。当初の目標であった「終活×ミステリー」という試みは十分に達成できたので、ぜひお楽しみいただきたい。

『終活中毒』の執筆は、生命や死についても、じっくりと真正面から考える機会をもたらしてくれた。そして書きながら、いかに人間とはいじらしく、滑稽で、愚かで、そして愛すべき存在であるかと、あらためて感じいった。『終活中毒』は、秋吉理香子なりの、人間賛歌であるのかもしれない。

 本作を読みながら、読者のみなさんが主人公たちの悲喜こもごもに寄り添い、見守ってくだされば、作者としてこれほど嬉しいことはない。

J-enta
2022年7月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

実業之日本社

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