<書評>私だったかもしれない ある赤軍派女性兵士の25年 江刺昭子 著

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私だったかもしれない ある赤軍派女性兵士の25年

『私だったかもしれない ある赤軍派女性兵士の25年』

著者
江刺昭子 [著]
出版社
インパクト出版会
ISBN
9784755403194
発売日
2022/05/31
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>私だったかもしれない ある赤軍派女性兵士の25年 江刺昭子 著

[レビュアー] 雨宮処凛(作家)

◆「新しい世を」夢見た果てに

 「ああ友よ何故留まったのか雪山に卑怯(ひきょう)になれない君の過ち」

 この歌は、今年五月、二十年の刑期を終えて出所した元日本赤軍最高幹部・重信房子氏が獄中で詠んだものである。

 若者の政治への関心が低いと言われて久しい。が、半世紀前、一部の学生たちは「革命」を目指し、「銃による殲滅(せんめつ)戦」を標榜(ひょうぼう)して山にこもり軍事訓練を行った。連合赤軍だ。「あさま山荘」で警察との銃撃戦を繰り広げた映像を見た人も多いだろう。そんな連合赤軍は「総括」の名のもと、仲間による集団リンチの果てに十二人の死者を出している。

 重信氏が「友」と呼ぶのは、そのうちの一人、遠山美枝子。二十五歳だった。本書は、彼女が生きた軌跡を追ったものだ。

 常に重信氏とセットで語られ、また壮絶な最期を遂げたことから「影」の印象で語られがちな遠山だが、本書を読むとそのイメージは裏切られる。まだ女子の四年制大学進学率が4・6%だった時代(一九六五年)、キリンビールで働きながら進んだ明治大学二部。ベトナム反戦の機運が盛り上がり、欧米を中心に世界各地で学生運動が熱を帯びていた頃だ。熱気は遠山が入った明大にも飛び火していく。

 当時の遠山を知る人々から語られるのは、高揚感の中、彼女もまた熱に浮かされるように「新しい世の中を作る」ことを夢見ていたということだ。しかし、運動内の内ゲバが激化し、また逮捕者が相次ぐようになると様相は変わっていく。が、真面目で正義感と責任感の強い彼女は決して逃げたりしない。その真面目さが死に繋(つな)がってしまうのに投げ出さない。一方、恋もするものの、革命家男性との関係を「踏み台になること」と表現する。この表現は二十一世紀の今も色褪(いろあ)せず、ある真実を痛いほど突いている。

 六月、事件から五十年の集会に参加した。連合赤軍の元兵士が二人、参加していた。孫の話になるとたちまち「おじいちゃん」の顔になる元兵士を見ながら、彼女が生きられなかった半世紀を思った。

(インパクト出版会・2200円)

1942年生まれ。女性史研究。著書『透谷の妻 石阪美那子の生涯』など。

◆もう1冊

江刺昭子著『樺美智子、安保闘争に斃れた東大生』(河出文庫)

中日新聞 東京新聞
2022年7月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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