文芸評論家が選ぶミステリ作品 平安時代から戦後直後、近未来のAI社会まで7作を紹介
レビュー
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新エンタメ書評
[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)
文芸評論家・末國善己がセレクトして紹介する新エンタメ書評。世の中嫌な事件ばかりが続いていますが、小説の中の事件はエンターテインメントとして楽しみましょう。今月も平安時代から戦後直後、近未来のAI社会まで面白いミステリーが詰まっています。
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辻真先『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』(東京創元社)は、『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』、『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』に続く〈昭和ミステリ〉シリーズの第三弾である。
前作で推理小説研究会のメンバーだった風早勝利の脚本で、同級生の大杉日出夫がプロデューサー、二人とは旧知の那珂一兵が美術スタッフを務めた中央放送協会(CHK。モデルはNHK)のミステリ・ドラマが放送された。当時はビデオが高価でドラマも生放送だったが、本番終了直後にスタジオで主演女優の死体が発見された。
この冒頭から物語は、日出夫が駆け出しのミステリ作家になった勝利に脚本を依頼するところまで遡り、生放送のドラマが本番を迎えるまでのプロセスが、実在の歌手や俳優の名前を挙げながら詳細に描かれていく。
著者は実際に黎明期のテレビの制作現場で働いており、当事者でなければ知り得ない裏側が活写されていくのは、お仕事小説としても、歴史の貴重な証言としても面白い。詳細な生ドラマのメイキング描写は、フェアプレイを確保するためにも使われ、あの時代の、テレビの生放送のスタジオでしか成立しないトリックは鮮やかだ。
高度経済成長期の好景気により誰もが戦争の悲劇を忘れつつあった時代を舞台にしながら、事件の背後に戦争の影をさりげなく置いたのは、戦中派の著者にしか書けなかった問題提起といえる。
『馬鹿みたいな話!』には鉄道を使ったトリックもあるが、斉藤詠一『レーテーの大河』(講談社)にも往年の名車両が登場するので、鉄道好きには特にお勧めしたい。
太平洋戦争末期、満洲から重要資材を鉄道で運ぶ任務に就いた帝国陸軍の最上と石原は、避難民を置いていく命令に逆らい、密かに三人の子供を列車に乗せた。
一九六三年。最上に助けられた耕平は町工場のアルバイト、早紀子はキャバレーのホステスになり、志郎は暴力団が設立した会社で働いていた。陸上自衛隊に入り鉄道輸送の部隊に配属された最上は、米軍の物資を指定場所に運ぶ命令を受ける。列車からの転落死を調べていた鉄道公安官の牧は、日本銀行で鉄道による現金輸送を担当していた被害者が、早紀子の客だった事実を掴む。
無関係に思えたエピソードがリンクし、米軍の物資を積んだ列車が雪国を走るクライマックスに結実するのだが、その中に、早紀子を想う耕平の恋の行方や時刻表トリックなども盛り込まれており、波瀾の展開が続く。
好景気とオリンピックが敗戦の影を払拭しつつある時代に、国家に切り捨てられた耕平たちと、国民を見捨てた後悔を忘れない最上は、時代の変化に戸惑っていた。タイトルにあるレーテーの意味が分かると、悲惨な歴史は忘れるべきなのか、怒りや悲しみを次世代に伝え活かすべきなのかを考えることになるはずだ。
『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』で第八回ハヤカワSFコンテストの優秀賞を受賞してデビューした竹田人造の二作目『AI法廷のハッカー弁護士』(早川書房)は、SF法廷サスペンスである。
訴訟大国アメリカで裁判を迅速化するためAI裁判官が生まれ、そのシステムが日本にも導入された。主人公の機島雄弁は、勝訴のためならAIの裏をかくグレーな手段にも平然と手を染めることからハッカー弁護士の異名を持っていた。その機島が、IT業界の寵児が殺された事件で同じ部屋にいた軒下智紀の弁護人になる「魔法使いの棲む法廷」は、AI裁判官がアメリカで開発された事実を利用して逆転をはかる法廷戦術が圧巻である。AIが脳波を認識して動かす義足を付けていた医師が電車に飛び込んで死亡した事件で、義足の暴走か、殺人かが争点になる「考える足の殺人」からは、得意科目が道徳という軒下が、権謀術数を駆使する機島の相棒になり、「仇討ちと見えない証人」では、中小企業の経営者たちがAIによる融資判定に不正データが使われたとして国を訴えるも敗訴した裁判の再審に挑む。
前作と同じく、要点を押さえながらも技術解説は最小限になっていて、AI裁判官と戦う機島の手法も特殊な知識を必要としていないので、純粋にミステリとして読んでもクオリティが高い。最終章「正義の作り方」ではAI裁判官を出すことで、裁判にとって公正さとは何かという普遍的な問題を突き付けており、テーマは重い。
昨年刊行した『六人の嘘つきな大学生』が、各種ミステリベスト10で上位にランクインした浅倉秋成の『俺ではない炎上』(双葉社)は、ネット炎上という現代の社会問題を題材にしている。おそらくタイトルは、普通の男が理由もなくメディアスクラムの標的になる筒井康隆の短編「おれに関する噂」を意識したと思われる。
大学生の住吉初羽馬が、殺人犯が犯行現場を撮影したと思われるTwitterの投稿をリツイートし、それが拡散し炎上状態になる。いわゆる特定班によってTwitterのアカウントは、大帝ハウス大善支社営業部長で妻と娘がいる山縣泰介のものと判明する。山縣はネットが不得意でTwitterも開設していなかったが、十年前から継続しているアカウントには私物の写真が投稿され、自分のものとしか思えなかった。さらに山縣の自宅から新たな死体が見つかり、山縣を捕まえようと過激な行動に走るネットユーザーも現れ、被害者の友人だという女性サクラに頼まれた初羽馬も追跡に加わる。誰も信用できなくなった山縣は、壮絶な追跡をかわしながら、真犯人を捜そうとする。
今や炎上は、ごく普通の人が被害者にも、加害者にもなり得るだけに、逃避行を続ける山縣の心理も、追いかける人たちの言動も生々しく感じられるのではないか。炎上が発生し広がるメカニズムの分析も鋭く、本書を読むと自分のネットリテラシーを確認したくなるだろう。
スピーディーかつサスペンスいっぱいな展開が続くが、ラストのどんでん返しはすぐにどこで騙されたか確認したくなるほど本格ミステリとしても秀逸である。
水生大海『お客さまのご要望は 設楽不動産営業日誌』(朝日文庫)は、小学三年の時に誘拐された過去がある設楽真輝が、祖母が営む不動産屋で客が持ち込むトラブルを解決する日常の謎もののミステリである。
退去したマンションから他人の指輪が見つかり離婚騒動に発展した夫婦、あるアパートの隣家が騒音被害を訴えるも、なぜか近隣から同じクレームがない、事故物件ではない部屋を紹介した住人が金縛りになると言ってきたなど誰もが無縁ではない謎が、これも身近な不動産賃貸に関する情報と、丁寧な伏線回収で解き明かされるのでカタルシスが大きい。お客さまを第一にして事件を推理する真輝は、誰も傷つけない落とし所を見つけることを優先しているので、読後感が心地よいのも嬉しい。
相続税を払うため譲り受けたマンションを売りたいと相談される最終話では、真輝が誘拐された事件の真相も明かされるが、続編を暗示する終わり方にもなっているようにも思えるので、シリーズ化を期待したい。
二〇二四年のNHK大河ドラマが、紫式部を主人公にした『光る君へ』に決まった。平安時代を舞台にした歴史時代小説は少なくないので、最後に、いち早く大河ドラマの予習に使えそうな作品を紹介したい。
平安後期に成立した作者不詳の『とりかへばや物語』は、活発な女の子とおとなしい男の子が入れ替わる設定のユニークさもあり、田辺聖子らが現代語訳し、少女小説にアレンジした氷室冴子『ざ・ちぇんじ!』が発表されるなど現代でも人気が高い。空野進『転生とりかえばや物語』(ハルキ文庫)も、その一作となっている。
女の子らしくないといわれていた女子高生が、平安時代の貴族、権大納言の幼い娘・夕月に転生した。現代の知識を記憶している夕月は学問で才能を発揮し、当時の料理に現代人の舌にあうよう手を加えるなどしたため、一四歳になる頃には、帝に出仕を催促されるほど評判になっていた。権大納言は、内気な息子の朝露の代わりに、夕月を男として宮中に送ることを決める。
次々と改革を成功させた夕月の評価は上がるが、合理的な思考をしているために陰陽師を批判するなど政敵も作ってしまう。やがて夕月にも、朝露にも縁談が持ち上がり、二人は自分の性と改めて向き合うことになる。
女性らしさを押し付けられた現代でも、男尊女卑の平安時代でも自分らしさが分からなかった夕月が、それを働きながら見つけようとする展開は、何らかの理由で生き辛さを感じている読者に勇気を与えてくれるはずだ。
汀こるもの『探偵は御簾の中 白桃殿さまご乱心』(講談社タイガ)は、検非違使別当の祐高が持ち込む謎を妻の忍が推理する平安の安楽椅子探偵ものの第三弾。
信濃守邸で総領娘が殺され、同じ部屋に乱暴者と評判の三位中将がいたことから犯人と疑われる「荒三位の悪夢」、戸が外から釘で固定された一室で女が刺殺され、中にいた陰陽寮の学生は凶器になる刃物を持っていなかった「阿弥陀ヶ峰の人喰いの家」は、外壁がなく御簾や格子を開け閉めする当時の標準的な構造の屋敷で密室殺人を描いた離れ業に驚かされるだろう。
本書には平安の恋愛事情を描く掌編が二作あり、平安貴族にとって重要で、文学の題材にもなった当時の恋愛の実態がよく分かるようになっている。ただ、これは単なる時代考証ではなく、入内できず別の男と結婚したことで不満を溜めていた祐高の義姉・白桃殿の疑惑を調べる表題作「白桃殿さまご乱心」では、掌編の内容までが伏線に利用されており、その回収も鮮やかである。