文芸評論家が号泣 尼子再興の戦いを描いた歴史時代小説

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駆ける(2) 少年騎馬遊撃隊

『駆ける(2) 少年騎馬遊撃隊』

著者
稲田 幸久 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414180
発売日
2022/06/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小特集 稲田幸久『駆ける2 少年騎馬遊撃隊』刊行記念

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 第13回角川春樹小説賞を受賞しデビューした稲田幸久による歴史小説小説『駆ける2 少年騎馬遊撃隊』が刊行。毛利対尼子、熾烈なる最後の戦いを描いた本作の読みどころを文芸評論家の縄田一男さんが紹介する。

 ***

 昨年度のベスト・デビュー作『駆ける』の興奮醒めやらぬままに、稲田幸久は早くも第二弾『駆ける2』を刊行した。

 前作は、家族を皆殺しにされ、吉川元春に拾われた少年・小六が、馬術の腕を見され騎馬遊撃隊の一員として逞しく育っていく様と、毛利憎しの一念で尼子再興を願う猛将・山中鹿之助幸盛の活躍を、二つながらに描いた力作だった。特に後者は、戦前修身の教科書で、三日月に向かって「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と吠えた事が取り上げられた人物。彼も若き作者の手によって見事令和の御世に甦った。

 一作目では、両者の対決は勝負つかずであったが、このあたりが本書最大の読みどころとなる。物語は上月城の戦いに向けて、それこそ、疾風迅雷、風のように駆けてゆく事になる。

 その中で、絶妙なのが、小六と幸盛どちらかを主役に据えるのではなく、両者を相対的に捉え、それぞれの正義を描いている点であろう。凡手が描けばそのどちらにも感情移入が出来なくなるが、本書の場合は違う。二人共にそれが出来るから、読者は引き裂かれそうになりつつも、ページを繰る手を止められなくなるのだ。

 やがて幸盛らは、織田軍に属するようになる。信長が狙うのは天下。その点、幸盛らの夢は尼子の再興。小さいと言えば小さいかもしれない。だが、幸盛ら尼子の男達は感じるのだ。出雲こそが我が故郷。この戦場は出雲へと続いている。仲間と戦った地。仲間を看取った地。仲間の魂が残る地。男達は口々に叫ぶ。

「帰ろう」

「出雲に帰ろう!」

 日本はおろか、海外まで視野に入れる信長にとって、出雲などはひと揉みだ。そうなる前にこの地を信長でさえ不可侵の理想郷たらしめねばならない。

 一方小六は、殺された家族に想いを馳せながら、こう感じる―大切な人を大切だと思いながら生きる事も、また強さなのではないか。武士は強くなる事で守るものが増える。そこに生きる意味を見つける。これが百姓から騎馬隊のリーダーになった小六との相違点であろう。

 そしてついに小六と宿敵、山中鹿之助幸盛との対決が刻一刻と迫ってくる。

 その中で吉川元春の妻・芳乃は吉川軍の母として、一方、幸盛の妻・綾も彼女なりに女の戦いをしているのであった。

 小六と幸盛、双方、騎馬隊同士の戦い。小六がいる限り吉川軍は最強である。が、最強を打ち破って尼子はその座を奪おうとする。この辺の駆け引きは、読んでいてゾクゾクする面白さと言える。

 そして幸盛は決意する。いくら毛利が強かろうと、己は尼子を背負って戦ってきのだ。決して逃げるような真似はしない、と。

 物語がこのような展開を見せる中、読者は作者の術中にはまり、逃れる事は出ない。あとは一気読みだ。

 そして作者は随所に泣ける文章を挟んでくる。

 いわく「男と男の戦いは、勝ち負け以外のところにある」

 うーん。唸ってしまうではないか。

 そして小六は戦いの前に元春に「牧場を開きたいと思っております」「草原を吹抜ける風のような、そんな馬をたくさん育てたいです」と言った事がある。その時、元春は全身に震えを覚えたのである。小六の瞳の中に、どこまでも広がる草原を見たからだ。

 こうした男達の思いが戦場で交錯する。

 そしてラスト――。書きたいがこれ以上は書けない。男達が駆け抜けた果てに見たものは何だったのか。その美しさに私達は号泣を止める事が出来ないだろう。

 稲田幸久の第二作は、決して読者の期待を裏切る事はない。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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