結婚と家族の真実の愛をめぐる六つの物語
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
コンデンス、すなわち凝縮。
中島京子の短篇には誰かの人生がぎゅっと詰めこまれている。『オリーブの実るころ』は、六つの短篇が収められた最新の作品集だ。
小説家の〈わたし〉が住むマンションの向かいに、品のいい老人が引っ越してくることから表題作は始まる。そのツトムさんと仲良くなった〈わたし〉夫婦は、彼が若かりし日々に繰り広げた無謀な恋について知ることになるのだ。ツトムさんが前庭に植えたオリーブの秘密が最後に明かされる。過ぎ去った時間がいかに長かったかが、そのエピソードによってさりげなく示されるのである。
「ローゼンブルクで恋をして」は終活を口にしていた老父が突然いなくなり、気が付くと地方議会選挙に出馬した女性の応援ボランティアをしていた、というお話だ。ここでも謎の種明かしが効果的に用いられる。「川端康成が死んだ日」は、主人公の前から突如いなくなった母親のある一日を描いた物語で、セピア色になった写真の色が鮮やかに蘇るような幕切れが印象的である。
夫婦の多様な在り様について書かれた作品も含まれている。離婚した男やその母親、元妻など複数の人物が交替で語り手を務める皮肉な物語、「家猫」もその一つだ。「春成と冴子とファンさん」の主人公・ハツが結婚を決めた男性・宙生には離婚した両親がいる。ハツは別々にその両親に会うのだ。人工透析を受けながら世界中を旅している春成と、同性のパートナー・ファンさんと仲睦まじく暮らす冴子、二人はそれぞれの人生を謳歌していた。
収録作中の白眉、「ガリップ」は三角関係の物語だ。〈わたし〉こと陽子が結婚した男性・水田蘭には既に同居者がいた。怪我を助けられて家に居ついたコハクチョウ、ガリップだ。異類婚姻譚の変型と言える作品で、二人と一羽の奇妙な生活が綴られていく。幸せの形は一つとは限らないのだと改めて感じた一篇だった。