『紅色のあじさい 津村節子自選作品集』津村節子著(鳥影社)

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紅色のあじさい 津村節子 自選作品集

『紅色のあじさい 津村節子 自選作品集』

著者
津村 節子 [著]
出版社
鳥影社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784862659538
発売日
2022/06/14
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

『紅色のあじさい 津村節子自選作品集』津村節子著(鳥影社)

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)

夫・吉村昭と二人三脚

 吉村昭は私にとって五指に入る、深く敬愛する作家である。その人となりと日常がどういうものだったのか。小説家として妻として戦友のように二人三脚で歩んできた著者の作品からは吉村昭の実像がくっきり浮かんでくる。

 吉村は現場に惜しみなく足を運び取材した。長崎は107回、北海道は150回に及んだ。しかし、2泊以上は決してしなかった。「とにかく書斎に入りたいの」。隣に寝ていてうなされる姿をしばしば見た。それは逃げる小説を書いている時だった。『長英逃亡』『破獄』『彰義隊』『桜田門外ノ変』……。

 吉村の死は「尊厳死」や「自殺」などと報じられた。断じて違うという。あの人はずっと死を見つめてきた。自分の死が近づいているのがわかったからそれを的確に判断して点滴の管のつなぎをはずしたのだ。自分には自分の世界、女房も含め他人には他人の世界があることを厳しく峻別(しゅんべつ)した「ほんとに恐ろしい人」だった。

 この作品には二人で歩いている場面がよく出てくる。妻が吉祥寺駅に着いて電話すると夫はいつも迎えに来て二人で林の中の径(みち)を通った。妻が40年も通ったヨガ教室のあるビルの前でも夫はよく待った。だから亡くなってから何年も暗がりで待つ夫の幻影を見ることになる。

 小説で身を立てるのは至難のことだ。著者も14年以上もかかった。その間ひたすら同人雑誌に書き続けた。そのあてどなさを吉村は「絶海の孤島から壜(びん)に手紙を入れて流し、拾ってくれる人がいるのを待っている心もとなさだ」と言う。だから著者も同人雑誌にはことのほか思い入れが強い。真に文学を志す者にとっての一つの原点であると思っているからだろう。

 著者のエッセーもそうだが、短編にもいつも深い味わいを覚える。今度の作品には以前の『自選作品集』には収録することができなかった怖い小説「遊園地」なども入っている。吉村昭と津村節子の魅力が詰まっているのである。

読売新聞
2022年7月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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