『ベートーヴェン症候群 (原題)The Beethoven Syndrome 音楽を自伝として聴く』マーク・エヴァン・ボンズ著(春秋社)/『バイロイトのフルトヴェングラー』バルバラ・フレーメル著/眞峯紀一郎/中山実取材・文(音楽之友社)
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0『ベートーヴェン症候群』
- 著者
- マーク・エヴァン・ボンズ [著]/堀 朋平 [訳]/西田 紘子 [訳]
- 出版社
- 春秋社
- ジャンル
- 芸術・生活/音楽・舞踊
- ISBN
- 9784393932223
- 発売日
- 2022/04/20
- 価格
- 3,850円(税込)
書籍情報:openBD
『フルトヴェングラーとの語らい』
- 著者
- 仙北谷晃一 [著]/野口剛夫 [編]
- 出版社
- アルファベータブックス
- ISBN
- 9784865980103
- 発売日
- 2016/03/19
- 価格
- 2,750円(税込)
書籍情報:openBD
『ベートーヴェン症候群 (原題)The Beethoven Syndrome 音楽を自伝として聴く』マーク・エヴァン・ボンズ著(春秋社)/『バイロイトのフルトヴェングラー』バルバラ・フレーメル著/眞峯紀一郎/中山実取材・文(音楽之友社)
[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)
音楽家の人生聴く喜び
人生の危地、そばにはいつもベートーヴェンがいた。その後期作品には、聴力を失った彼の孤独の深淵(しんえん)を見る気がする。こんな風に音楽を自伝的に聴く傾向を、著者は『ベートーヴェン症候群』と名づけ、クラシック音楽(器楽)の聴き方の歴史をひも解く。
芸術の多くは内的自己の表出とされるが、器楽は19世紀前半まで人々を喜ばせることに重きが置かれた。モーツァルトは聴衆の反応を予測して作曲するコツまで書き残している。それが一変するのが、本書(堀朋平、西田紘子訳)によればベートーヴェンの死後7ヵ月後。かの有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」(難聴で自殺を考えるも、音楽家として生きる決意を告白)の発見により、器楽の解釈に作曲家の人生が離れがたく結びついた。やがて伝記や回想が出回り、虚実ないまぜの情報が氾濫。作曲家は人々を喜ばせる義務からは解放されたが、大衆への自己アピールに躍起となったり、逆に聴き手に人生を「搾取」されぬよう隠す者まで。
1951年、戦後初めて再開されたドイツ・バイロイトの音楽祭でフルトヴェングラーが指揮した「第九」。大戦の記憶も冷めやらぬ中、渾身(こんしん)の演奏は音楽界の伝説となる。『バイロイトのフルトヴェングラー』は、彼が戦前からバイロイトの地で過ごした日々を、交流のあった女性への取材と彼女が保管する書簡や写真からスケッチする。子どもや自然を愛する普段着の姿、ナチとの難しい関係、音楽を「精神的な武器」と語ったこと、51年にはすでに難聴だったとの証言も。
「バイロイトの第九」には歴史的名盤がある。私も涙しながら聴いた名盤が近年、実はリハーサル音源だったことが確定的になった。つい自伝的に聴きすぎる癖(へき)に恥じ入りつつ、まあ、楽しみ方は人それぞれ。理屈ぬきに情動をゆさぶる「心の言語」クラシック音楽は人生の特効薬には違いない。