彼女の愛が、私の人生を狂わせた――美しく妖しいゴーストストーリー『アナベル・リイ』刊行記念、小池真理子インタビュー

インタビュー

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アナベル・リイ

『アナベル・リイ』

著者
小池 真理子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041115466
発売日
2022/07/29
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

彼女の愛が、私の人生を狂わせた――美しく妖しいゴーストストーリー『アナベル・リイ』刊行記念、小池真理子インタビュー

[文] カドブン

聞き手=東雅夫
構成・文=立花もも
写真=鈴木慶子

■耽美にして妖艶な、幻想怪奇小説の白眉。小池真理子『アナベル・リイ』刊行記念インタビュー

2022年に刊行した『神よ憐れみたまえ』『月夜の森の梟』が大反響を呼んだ小池真理子さんの新刊は、美しく妖しいゴーストストーリー『アナベル・リイ』。小池さんの怪異譚アンソロジー『ふしぎな話』『私の居る場所』を編纂した東雅夫さんを聞き手に、本作についてお話しいただきました。

彼女の愛が、私の人生を狂わせた――美しく妖しいゴーストストーリー『アナベル...
彼女の愛が、私の人生を狂わせた――美しく妖しいゴーストストーリー『アナベル…

小池:今日、黒いワンピースを着てきましたが、実はこれ、スーザン・ヒルの『黒衣の女』を意識してのことなんです。私がこれまで読んできた長編怪奇小説のなかで、『黒衣の女』は、群を抜く恐ろしさでした。物語はもちろん、格調高い訳文もすばらしくて、一度はああいうものに挑戦したいと思って書いたのが、今作『アナベル・リイ』でした。

――なるほど、それで本格的な幽霊譚を。アナベル・リイもまた、エドガー・アラン・ポオの詩に登場する、亡霊となった女性の名前ですね。冒頭にも一部が引用されています。

小池:ポオの作品でとくに好きなのが「リジイア」という短編小説ですが、詩の「アナベル・リイ」も、深淵な闇のなかに落ちていくような、独特な言葉の選び方にとても惹かれます。幻想怪奇小説を書くからといって、意識して文体を変えることはありません。でも、「来るぞ、来るぞ」と恐怖を煽り立てる書き方は好きではなく、とくに理由はないのに、ひたひたと怖い、と読者に感じていただけるような文章を心がけています。

――〝とくに理由はないのに〟というのが重要ですね。『アナベル・リイ』は、若くして亡くなった千佳代という女性が、愛する夫に近づく女性たちの前に亡霊となって現れるという物語ですが、死んだ彼女が何をどうしたいのか、読めば読むほどわからなくなってゆく怖さがある。最近は怪談実話が流行っているせいか、インパクト重視……つまり、わかりやすくて派手なお話が増えているのですが、正直、あまり良くない傾向だと思います。怪奇が起きる原因をすべて明らかにしてしまうのは、文学的な恐怖からもっとも遠ざかる行為だと思うので。

小池:私自身、怪奇小説の中で、すべてが理路整然と明かされると白けてしまうんです。そのせいで、自分が読みたいと思える怪奇小説を書こうとすると〝わからない〟が増えていくのだろうと思います。インパクトのある、わかりやすい因果関係だけでまとめ上げられてしまう怪奇小説には、全然魅力が感じられない。そもそも全然怖くないですし。

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彼女の愛が、私の人生を狂わせた――美しく妖しいゴーストストーリー『アナベル…

――〈今は多くの多くの年を経た、海のほとりの或る王国に、一人の少女が住んでいてその名をアナベル・リイと呼ばれていた。――そしてこの少女、心の想いはただ私を愛し、愛されること、この私に。〉(福永武彦訳)――これは「アナベル・リイ」の冒頭の一節ですが、〈愛し、愛されること〉、そして〈死〉による別離というのが、今作に通奏するテーマだと感じました。けれどその愛も決してわかりやすくはなくて、千佳代の屈折した妄執が怪異を引き起こしていく。見事なのは、生前、夫……飯沼に想いを寄せていただけの女性の前にも執拗に現れること。

小池:悦子が働くバーのママ・多恵子ですね。過去に関係をもったことはありますが、千佳代と出会う前の話で、飯沼はまるで相手にしていないのに。

――見間違いかもしれない、でも確かに見たのだという彼女の動揺。悦子と一緒にいるときに突然体を硬直させて「……いる」とつぶやく、その恐怖。見てしまうととんでもないことになる、という予感がひたひたと迫りくる描写に、読みながら恐怖しました。そしてその予感は、読み進めれば進めるほど、どんどん濃厚になっていき、迫力を増していく。それが今度は、飯沼と急接近する悦子……生前の千佳代にとって唯一の友達だった主人公へと伝播していく。1988年に刊行された小池さんの『墓地を見おろす家』も、亡霊が生者を次々と死へ誘ってゆくホラー・ジャパネスクの大傑作ですが、それとはまた異なる恐怖を全編通じて味わいました。

小池:これ以上ない誉め言葉をありがとうございます。幻想怪奇の短編は数多く書いてきましたし、昨年から今年にかけて東さんが『ふしぎな話』『私の居る場所』という二冊の怪奇譚アンソロジーとして編纂してくださいましたが、長編となるとまた書き方がまるで違ってくるんですよね。切り取られた瞬間を額装して絵画のように仕上げていくものを短編とするならば、長編は、現実の世界に流れる時間にあわせる形で、物語のなかの時や空間を根気よく表現していかなくてはいけない。特に『アナベル・リイ』は、長編の依頼を受けたころに夫である藤田(宜永)の病気が見つかって、第一話を書き上げた翌月に亡くなるという事態になってしまいましたから、私にとっても特殊な状況での執筆となりました。

――小池さんのお母さまは、いわゆる〝視える〟体質の方で、不思議な実体験についても幼いころからよく聞かされていらしたんですよね。小池さんの作品で、死者がどこか身近な存在のように感じるのはそのためかと思いますが、今作ではそれとはまた違う、人の死に対する底深い想いのようなものを感じました。

小池:死者と生者が同じ現実のなかですれ違っているという感覚は、子供のころから植えつけられていました。母があまりに、その種のできごとを日常会話の延長の中で淡々と話して聞かせる人だったので。人が死んで、遺骨を墓におさめたところで、それで終わりにはならない、死によってすべてが無に帰すということでは決してない、という想いは子どものころからずっと、変わらずに私の中にあります。このたび長く連れ添った同業の伴侶を失ったことで、死者が遺した想いや、死そのものに対しても、以前とは違う感覚が芽生えたような気がします。

――『ふしぎな話』のあとがきでも書いていらっしゃいましたね。〈死者たちは常に私たちと共にいる。時に互いが気づかぬまま、すれ違っている。おそらくは、時間軸がほんの少し歪んだところで〉と。今作は確かに、怖い。ずっと、何かが迫りくるような得体のしれない恐怖に蝕まれていくのだけれど、死を超えて生者に迫りくるものの実在を問い続けている今作には、これまで以上の哀切さと妖艶さがあるということも付け加えさせてください。

小池:『ふしぎな話』では東さんが〈美しくなければ、それは怪談ではない〉と書いてくださいましたけど、けっきょく、死や恐怖をめぐる美しさに惹かれて私は幻想怪奇小説を読み、書いているわけです。インタビューで「小池さんにとってホラー小説/幻想怪奇小説とは?」と聞かれるたびに「趣味です」と答えるようにしているんですけれど、いかに恐怖を美しく描くかが作家としての腕の見せ所であり、醍醐味。それに幻想怪奇のジャンルって、自分たちが美しいと思うものをひたすら愛でる好事家たちが、群れずに一定の距離感を保ちながら手をとりあっている感じがする。そういうところも、すごく居心地がよくて、昔から好きなんですよね。

――幻想怪奇小説は、バカ売れしたりはしませんしね(笑)。

小池:そうなんですよ(笑)。自分の好きなように書いて、読んで、密かにひとりで楽しむことができる。世間の評価、というものも他のジャンルに比べて気にせずにいられるところがあります。

――幻想怪奇系で有名どころというと、江戸時代に発表された『牡丹燈籠』はいまだに人気で2019年にもドラマ化されていますが、あれも恋焦がれた男の前に現れる女性の亡霊の物語なんですよね。もともとは『牡丹燈記』という中国の志怪小説を三遊亭圓朝が翻案したものですが、仄暗い情念をいかに美しく料理するかというのが、どれほど時を経ても変わらない作家たちのテーマなのだろうと思います。そしてそれに対する一つの答えを、小池さんは『アナベル・リイ』で鮮烈にお出しになった。

小池:東さんにそう言っていただけるなんて、光栄です。『ふしぎな話』と『私の居る場所』は、東さんとのお仕事でなければ成しえなかったことでした。私、東さんが平凡社ライブラリーから刊行されている文豪怪談小品集シリーズがとても好きなのですが、中でも『幻想小説とは何か 三島由紀夫怪異小品集』には深く感動しました。三島の幻想怪奇系の短編だけでなく、澁澤龍彦との対談やエッセイをも含めて一冊にされていたわけですが、こんな構成の仕方があったんだ!と感銘を受けたんです。以来、繰り返し読む愛読書の一つになりました。私のアンソロジーでも、同じようにエッセイを小説と並べて収録してくださって、本当にうれしかった。

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彼女の愛が、私の人生を狂わせた――美しく妖しいゴーストストーリー『アナベル…

――小池さんのアンソロジーは自選集も含めて何冊も刊行されているので、どうやって編もうか非常に迷ったんですよ。で、考えてみれば小池さんのエッセイは詩に近い魅力があるといいますか、文章として非常に美しい。その魅力をアピールしない手はないということで、エッセイもまじえて選出させていただきました。できあがってみるとね、もちろんご自身のことかフィクションかという違いはありますけれども、読み心地として大きな違いはないということが改めてわかりました。

小池:扉のタイトルデザインでいちおう区別はしていただいていますけど、私自身、通して読んでいてまったく違和感がないので驚きました。たぶん、エッセイでも小説でも、私はきっと、同じことを飽きずに書き続けているんですね(笑)。『幻想小説とは何か』を読んで、対談だろうが小説だろうがエッセイだろうがまるごと三島由紀夫だとしか感じられなかったように、この二冊を通じて小池真理子という作家を感じ取れるものにしていただけたことを本当に感謝しております。東さんの審美眼がなければ、できないお仕事です。

――こちらこそ、ありがとうございます。話を戻しますと、『アナベル・リイ』は男女の間に流れる情念だけでなく、女性同士の関係性にも焦点をあてていますね。単なる友情とも嫉妬ともつかない、複雑な感情が随所で描かれていて、それが最後の最後まで効いてくる。

小池:小説の舞台となった1970年代は、アメリカから始まったウーマン・リブ(女性解放)運動を受けて、世界中でフェミニズムの流れが強まっていた時期なので、その雰囲気は出したいなと思っていました。男性を間に挟むと女性同士はいがみあい断絶するもの、と思われがちですが、実は違う。女性同士の、精神的にも物理的にも自立した関係性というものを描きたかった。とはいえ、同じ男を好きになってしまった以上は、お互いきれいな気持ちだけではいられない。その心理の捻じれと、屈折したエロティシズムが徐々に異形へと変貌していくありさまを、それこそ美しい恐怖として読者に届けることができたらうれしいです。

■プロフィール

彼女の愛が、私の人生を狂わせた――美しく妖しいゴーストストーリー『アナベル...
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小池真理子(こいけ まりこ)
1952年、東京生まれ。成蹊大学文学部卒業。89年『妻の女友達』で日本推理作家協会賞〈短編および連作短編集部門〉、96年『恋』で直木賞、98年『欲望』で島清恋愛文学賞、2006年『虹の彼方』で柴田錬三郎賞、12年『無花果の森』で芸術選奨文部科学大臣賞、13年『沈黙のひと』で吉川英治文学賞を受賞。22年、日本ミステリー文学大賞受賞。作品に『モンローが死んだ日』『異形のものたち』『死の島』『神よ憐れみたまえ』ほか多数。21年に刊行したエッセイ『月夜の森の梟』も大きな反響を呼んでいる。

■作品紹介・あらすじ

彼女の愛が、私の人生を狂わせた――美しく妖しいゴーストストーリー『アナベル...
彼女の愛が、私の人生を狂わせた――美しく妖しいゴーストストーリー『アナベル…

アナベル・リイ
著者 小池 真理子
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2022年07月29日

彼女の愛が、 私の人生を狂わせた――。幻想怪奇小説の到達点。
怯え続けることが私の人生だった。私は今も、彼女の亡霊から逃れることができないのだ。
1978年、悦子はアルバイト先のバーで、舞台女優の夢を持つ若い女・千佳代と出会った。特別な友人となった悦子に、彼女は強く心を寄せてくる。しかし、千佳代は恋人のライター・飯沼と入籍して間もなく、予兆もなく病に倒れ、そのまま他界してしまった。
千佳代亡きあと、悦子が飯沼への恋心を解き放つと、彼女の亡霊が現れるようになり――。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000629/

KADOKAWA カドブン
2022年07月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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