<書評>『日本の地下水 ちいさなメディアから』鶴見俊輔 著

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<書評>『日本の地下水 ちいさなメディアから』鶴見俊輔 著

[レビュアー] 中沢けい(作家)


『日本の地下水 ちいさなメディアから』
鶴見俊輔[著](SURE)

◆時代と歴史見る目の確かさ

 一九五〇年の朝鮮戦争勃発が日本を敗戦の混乱から復興へと方向づけた。日本国内の職場、学校、地域などでサークル活動が盛んになったのはこの頃だ。本書は、主に雑誌『思想の科学』に連載された全国各地のサークルが発行する小雑誌の時評の中から鶴見俊輔が執筆した時評を集める。六〇年一月「主婦と創造力 函館文化」、六〇年二月「日本文化の中の精神病 精神科年報」に始まり八〇年一一月「論壇の底流 清水幾太郎による核武装の提案」、八一年二月「日韓の転向への誘導方法『朝を見ることなく』」に終わる時評は鶴見の時代を見る眼(め)の確かさを感じさせるものだ。

 サークル活動の創成期に主婦たちの創造性の豊かさを発見し、社会から隠された存在だった精神障害者を看護者、家族などを含めた中で処遇していこうとする活動報告に注目する。時評がこのふたつの存在への注目から始まるのは戦争が多くの夫を亡くした女性と精神障害者を生み出したことと無関係ではあるまい。

 六〇年代にサークル活動は読書会、歴史探求、文芸創作などの多様な分野で活発になる。そこで発行された小冊子はガリ版印刷、タイプ印刷、活版印刷などいずれも近代の出版文化の流れを汲(く)むものだ。鶴見の時評は出版文化が生んだ野の花の花園を覗(のぞ)かせてくれる。やがて七〇年代にはその文化の翳(かげ)りが見え、八〇年代初頭、中央の論壇の終焉が説かれ、日韓の差が論じられる。日付のある文章が鶴見俊輔の歴史を見る眼の確かさを証明する。末尾の二本の時評は四十年後の現在を予言しているかのような印象がある。

 活字を中心とした出版文化はデジタル技術に支えられたネット文化へと変貌した。本書『日本の地下水』解説で黒川創は活字文化には「議論」の「始まりと終わりがはっきりとあった」と感慨する。デジタル文化では始まりと終わりという議論の輪郭がぼやけてしまうと指摘する。新しく登場した道具をどう使いこなすかが問われる時代に鶴見が残した日付のある文章を読み返す意味は大きい。

(SURE・2860円)

1922〜2015年。哲学者・評論家・政治運動家。『戦時期日本の精神史』など。

※書店での取り扱いがないため、購入方法は、SUREのホームページまで。

中日新聞 東京新聞
2022年7月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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