<書評>『爆発物処理班の遭遇したスピン』佐藤究(きわむ) 著

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<書評>『爆発物処理班の遭遇したスピン』佐藤究(きわむ) 著

[レビュアー] 重里徹也(聖徳大特任教授・文芸評論家)

◆現代人の欲望 「地下」の視点で

 『テスカトリポカ』で昨年、直木賞を受賞した書き手の短編集。いずれも、受賞前に発表した作品で、八編を収めている。SFからホラー風味の作品まで、多様な小説が楽しめるが、いずれもこの作家のとがった志向と繊細な描写が十分に発揮されていて、読み応えのある一冊だ。

 リアルな悪夢といえばいいか。現実を呪う妄想といえばいいか。作者の想像力が作り上げる物語は鮮やかで悲しい。グロテスクだが、妙に心に残る。その物語の響きに耳を澄ませていると、世界のあり方に思いをはせてしまう。

 たとえば、「ジェリーウォーカー」という作品がある。映画に登場する奇妙な生物を次々に造形することで、富と名声を集めているオーストラリア人のCG(コンピューターグラフィックス)クリエーターが主人公。彼の作り出す奇妙な生物たちには、不思議なリアリティーがあり、生物学者や動物愛好家からも称賛された。

 しかし、それには裏があり、実は彼が想像力で作り出した生物ではなく、異種の動物を特異な技術で交配させて生まれた生き物をもとに描かれたものだったのだ。彼の広大な私有地にはゴルフ練習場があり、その地下にさまざまな動物を掛け合わせる実験場を作っていた。

 地下。そう、佐藤究は「地下」を描く作家だ。「地下」が「地上」に積年の抑圧の復讐(ふくしゅう)をしたり、悪意を爆発させたり、見てはいけない夢を実現させたりする。直木賞受賞作でもそうだったが、佐藤の筆は「地下」を描く時に迫力を増し、その作品世界を楽しんでいると、「地上」は「地下」に支配されているのではないかという想像に襲われる。

 さらには、落ち目の暴力団を舞台にした人間模様を描いたり、連続殺人犯の描いた絵をめぐる物語を紡いだり。佐藤の故郷・福岡出身の異才、夢野久作にちなんだ作品もある。いずれも日常に潜む現代人の欲望に目を凝らし、そのみじめで切実な願望の行方を見据えた作品といえるだろう。この作家、ますます目が離せない存在になっていく。

(講談社・1760円)

1977年生まれ。作家。2004年デビュー。著書『QJKJQ』など多数。

◆もう1冊

佐藤究著『テスカトリポカ』(KADOKAWA)。佐藤の構想力の大きさを実感できる。

中日新聞 東京新聞
2022年7月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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