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川本三郎「私が選んだベスト5」「私が選んだベスト5」
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
京都の下京区に天使突抜という町がある。童話に出てきそうだが実在の町。
マリンバ奏者として活躍する通崎睦美は一九六七年にこの町に生まれ育ち、現在も住む。
『天使突抜おぼえ帖』は著者がこの“わが町”の歴史と現在を愛情こめて語る。
長屋が並ぶ。花売りがやってくる。銭湯がある。近所づきあいがさかん。下町の雰囲気がある。「配膳さん」や「悉皆屋」があるのは京都ならではだろう。
観光地京都とは違う暮しが見えてくる。ただ、近年、次第に古いものが消えていっているという。著者はそれを危惧して昔の町の様子を思い出してゆく。
現在、大活躍している紀行作家といえば芦原伸。鉄道エッセイには定評がある。
一九四六年生まれ。旅を仕事にし、年間百泊ほど旅を枕としてきたというから凄い。
『旅は終わらない 紀行作家という人生』は、氏が学生時代と旅を仕事としてきた半世紀を振返る。
無銭旅行で北海道を巡った北大生時代。鉄道雑誌の記者時代、さらに『旅と鉄道』誌の編集長を務めた。
民俗学者の宮本常一や作家の開高健に影響を受けたために旅は「学び」だという。七十歳を過ぎても旅を続ける著者の活力に感嘆。
一九三〇年生まれ、九十歳を超えるフランス文学者山田稔の『某月某日 シネマのある日常』は、知的でさわやかな映画エッセイ。
著者が六十代なかばの頃の映画と共にある日々が柔らかな文章で綴られる。
ビデオではなくきちんと映画館で見るのが立派。それもミニシアターで地味な映画に心をときめかす。
「愛に関する短いフィルム」「友だちのうちはどこ?」「少年、機関車に乗る」などなど。
マイナーな映画を「発見」する喜びがある。
台湾は同性愛に寛大な国として知られる。
女性作家、李屏瑤の『向日性植物』は「レズビアン小説」と銘うたれているが同時に、ういういしい青春小説であり、少女の繊細な心の動きをとらえた成長小説にもなっている。
主人公の女性の高校時代から大学を出て社会人になるまでが描かれる。
高校時代、彼女は上級生の女性が好きになり、その思いに揺れ動く。憧れ、純愛、時には嫉妬、さらには同性愛者というマイノリティであることの不安と怖れ。
『彼岸花が咲く島』で芥川賞を受賞した李琴峰の訳文も主人公の心の震えが伝わり素晴しい。
J・D・サリンジャーは、『ライ麦畑でつかまえて』の印象が強いためつい忘れがちになるが、実は若き日、一兵士として第二次世界大戦に従軍した戦争体験を持つ。いわば戦中派。
短篇集『彼女の思い出/逆さまの森』は、これまで単行本として出版されなかった作品を収録。
戦争前夜、ウィーンで知り合ったユダヤ人の少女を描く巻頭作は特に胸を打つ。