• 咲かせて三升の團十郎
  • 宗歩の角行
  • 運河の家 人殺し
  • 吸血鬼ラスヴァン = THE VAMPYRE : 英米古典吸血鬼小説傑作集
  • 十三角関係

書籍情報:openBD

縄田一男「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

『咲かせて三升の團十郎』は、《助六》や《勧進帳》を得意とし、荒事を極め“歌舞伎十八番”を選定した七代目團十郎の波乱の生涯を描く。物語のラストで團十郎に宿るのは、何者にも負けぬ不逞の心。たとえ相手が金や権力に物を言わせようとも彼はその不逞の心を燃やし続ける。その七代目の傷だらけの〈粋〉と〈意気〉を二つながらに描くことによって、作者は團十郎の生きた閉塞的な日常ばかりでなく、私たちの生きる令和のそれにも風孔をあけることに成功した。

『宗歩の角行』は、幕末の棋聖であり、近代将棋の定跡の基礎を築いた、実力十三段の男の数奇な人生を二十一人の証言によって描いた伝記小説の力作。その人生はまるで将棋という名の“酒”に溺れるかのような凄惨なものだった。作者は緻密な考証によりそのゆくたてを追っているが、本書を読み終わってまず私たちが思うのは、これほどの天才が何故このような人生しか送れなかったのか―いや、天才だからそうなったのかもしれないという深い感慨に他ならない。五歳にして発揮された才能を潰しに潰し、果ては横死するまでページから目が離せない。

『運河の家 人殺し』を読んで、河出書房新社から翻訳が途絶えていたシムノン作品の紹介が久々に復活、渇を癒やした方も多かったろうと思われる。この初期作品二篇は、非常に出来が良く、私のようにシムノンに対してまったくと言っていいほど無批判なファンばかりでなく、メグレものしか読まないという方にも是非読んで頂きたい逸品だ。巻末に収められた瀬名秀明による解説も素晴しく、本書を読む喜びを倍化してくれる。

『吸血鬼ラスヴァン』は、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』以前に書かれた吸血鬼小説の古典を集大成した画期的アンソロジー。ホラーより私は“怪奇小説”の方が好きだという方にはたまらない一巻だ。全十篇が収録されているが、一篇読むごとに嬉し涙が出るような作品ばかり。それにしてもどこかに「吸血鬼ヴァーニー」の全訳版を出してくれる奇特な出版社はないものだろうか。

〆切ぎりぎりのところで『十三角関係』が復刊された。これを取り上げない手はないだろう。酔いどれの名医荊木歓喜の登場する長篇ミステリー。この作品にどのような褒め言葉を添えても褒め過ぎるということはない。巨大な羽根車に吊るされた、誰からも愛された娼館のマダムのバラバラ死体。この凄惨な発端から、十二人の容疑者を追う歓喜の衝撃の推理、そしてこれ以上はないという意外な真犯人まで、日本ミステリー史上に燦然と輝く傑作はこれだ! 戦後人々の心に刺さった荊を抜く名医の活躍を見よ!!

新潮社 週刊新潮
2022年8月11・18日夏季特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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