『ボストン美術館 富田幸次郎の五〇年 たとえ国賊と呼ばれても』橘しづゑ著(彩流社)

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ボストン美術館 富田幸次郎の五〇年

『ボストン美術館 富田幸次郎の五〇年』

著者
橘 しづゑ [著]
出版社
彩流社
ジャンル
歴史・地理/伝記
ISBN
9784779128240
発売日
2022/05/13
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

『ボストン美術館 富田幸次郎の五〇年 たとえ国賊と呼ばれても』橘しづゑ著(彩流社)

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大准教授)

日本の名品保全 再評価

 1932年、12世紀後半に制作された日本美術の名品「吉備大臣入唐絵詞(きびだいじんにっとうえことば)」をアメリカ・ボストン美術館が購入した。「国宝にでもなるべき貴重なもの」と評価される作品の海外流出は世間を大きく騒がせる。これをきっかけに翌年、「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」(重美保存法)が公布され、重要美術品認定を受けたものを無許可で輸出・移出することが厳しく制限されることになった。

 ボストン美術館において作品購入を主導したのは、アジア部キュレーターの富田幸次郎であった。富田は後年「国賊よばわりされた」と当時を回想している。

 本書はこの富田の評伝である。彼は岡倉覚三(天心)に師事して、ボストン美術館に50年以上勤務し、フェノロサや岡倉が就いた立場の系譜を引くアジア部門の責任者を、第二次大戦をはさんで長く務めた。しかしその足跡はほとんど知られていなかったという。著者は、アメリカの美術館に寄贈されていた富田の関係資料を精査し、ボストン美術館におけるアジア美術の充実に尽くした彼の仕事を明らかにした。

 富田は京都の有名な蒔(まき)絵(え)師を父とし、1906年、塗料の調査と漆器の販路拡大のため、農商務省海外実業練習生として16歳で渡米した。3年後の任期満了後も帰国せず、当地で出会った岡倉の勧めでボストン美術館に就職、日米関係が険悪化した時代をアメリカで暮らした。

 コロナ禍により人文系の研究環境も大きく変わった。資料のデジタルアーカイブ化がいっそう推進され、手軽にPCで閲覧できるありがたい世の中になりつつある。ボストン美術館でも収蔵品のデジタル公開が進んでいる。それを考えれば、たとえ日本美術の名品であっても、この地球上にあるだけでありがたい、という気持ちになる。本書によって、富田に冠せられた「国賊」の語が取り払われるどころか、美術品保全に果たした功績が再評価されるだろう。

読売新聞
2022年8月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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