『日本近代村落の起源』松沢裕作著(岩波書店)

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日本近代村落の起源

『日本近代村落の起源』

著者
松沢 裕作 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784000615341
発売日
2022/05/16
価格
8,580円(税込)

書籍情報:openBD

『日本近代村落の起源』松沢裕作著(岩波書店)

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

「助け合う共同体」像 覆す

 日本は「ムラ社会」だから○○だ。戦後の日本ではそういう議論がよく見られる。その場合はたいてい、ムラは個人の創意を抑圧するものとして批判される。しかし他面で、相互扶助の共同体としてムラを賛美する議論もまた、戦前・戦中に見られた「村の淳風(じゅんぷう)」への評価から、いまの里山礼賛に至るまで、長い系譜をもっている。

 そうした伝統的共同体としての素朴なムラ像に対して、松沢裕作は本書で徹底した批判を加える。「近代村落」の「起源」という題名に、すでにその意図が明らかである。そもそも近世の村が、単なる地縁共同体ではなく、年貢を村単位で集める村請制(むらうけせい)を軸として制度化された身分集団でもあった。そして地租改正によって村請制が解体されたことを通じて、従来の地域の秩序がゆるみ、住民たちが新たに「近代村落」を作り直してゆく。その過程を明治期の事例に探った歴史研究である。

 この時代に生まれたのは、土地の支配権が徹底的に見直され、土地を新たに入手・開墾し利用できる機会が増えたことにより、住民が「早い者勝ち」の獲得競争に走る現実である。それを堂々と「自由ノ権利」と正当化して述べる史料も、すでに明治五年に登場している。だがこの混沌(こんとん)とした状況を前にして、明治初年の中央・地方の政府機構は、錯綜(さくそう)した権利関係を一挙に裁定する実力をもたない、「未熟なリヴァイアサン」にすぎなかった。そう松沢は指摘する。

 これに対して、構成員どうしが「規約」を結び、相互監視のしくみを作りあげることで、「近代村落」としての村(行政単位としては大字(おおあざ)にあたる)ができあがるが、それは内面的な紐帯(ちゅうたい)を欠いており、「抜け駆け」の可能性と常に背中あわせの組織であった。その意味で近代の日本人は、少なくとも二十世紀初頭までは、堅い共同体としてのムラの確立に失敗し続けていたのである。その後の歴史の展望について、本書は禁欲して語らないが、近現代史の見通しを考え直させる迫力をもった仕事である。

読売新聞
2022年8月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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