「2000万円の損失を3日続けて出したときは本当に死にそうでした」総資産4億円が目前の桐谷広人が語ったどん底体験

対談・鼎談

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

財布は踊る

『財布は踊る』

著者
原田 ひ香 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103525127
発売日
2022/07/27
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

桐谷広人×原田ひ香・対談 お金と、株と、どん底と。

[文] 新潮社

紙切れになった株券の束


桐谷広人さん

桐谷 良かったですね。僕の場合は山一の株券だったから、紙切れになってしまいました。山一で信用取引もやっていたので、どん底でした。
でも、その後、こんなことがあったんですよ。二〇一二年、カンニング竹山さんの番組に出演が決まったとき、収録に優待品を持ってきてくださいと言われ、山一の株券も持って行きました。台本では、僕の発言箇所はすべて「優待品を触りながら、意味のないことを言う」と書いてありましてね。

原田 ひどいですね。日本テレビ「月曜から夜ふかし」などでの、今の桐谷さんの人気からすると、十年前とはいえ、そんな扱いだったとは驚きです。

桐谷 僕も台本通りでは面白くないと思っていたところ、経済評論家の方が「株価は五年間は回復しない」と長々と話したんです。そこで僕は、山一證券の株券と、同じく紙切れになった五十社くらいの株券の束をドンと机に出して、「山一がつぶれても一年後には株があがったし、NYの貿易センタービルがテロにあったときも一年も経てば回復しました」と発言したところ、竹山さんが「山一の社長の会見を見たとき、どう思ったんですか」と聞いてきたので、「泣き虫だと思いました」。そこへ間髪入れずに竹山さんが「桐谷さんは、『泣きたいのはこっちなのに』と言いたいのですね」と返してくれましてね。
そのあとも優待券で蟹を食べたら歯が欠けた話をしたりして、「こんなおもしろい素人は初めて」と竹山さんに言ってもらえて、それからバラエティに出演させてもらっています。だから、紙切れになった山一の株券も、結果的には無駄にはならなかったんですよ。

原田 『財布は踊る』のみづほが夫が作った借金が元で、どん底に落ち、そこから自分で人生の道を切り拓いたのと重なりますね。

桐谷 まさに人間万事塞翁が馬です。先ほどマクドナルドの優待の話題で名前が出た野田裕一郎のように、僕も株価の暴落でどん底に叩き落されたことがありました。一九九〇年のバブル崩壊のときは将棋どころではなくて、順位戦で初めて十戦全敗になってしまったこともありました。

原田 やはり、将棋には精神的状態の影響が大きいのですね(笑)。

桐谷 それは大ありです。信用取引ではマイナスになったら追証がきますから、金策に追われてベタ負けしましたね。株をやっていた棋士は皆、負けていました(笑)。バブル崩壊のあとは、先ほど話した九七年の山一證券の破綻、そして二〇〇八年のリーマンショック。一日二千万円の損失を三日間続けて出したときは本当に死にそうでした。〇九年三月十日がバブル崩壊以降の最安値、七〇五四円で私の気持ちも底の底。お金がないのに家賃を払わないといけない。追い詰められたときに届いたのが株主優待品でした。

原田 「優待名人」となられたきっかけは、そこからですか。

桐谷 はい。届いた株主優待の食品や金券で、三、四年は食いつなぎました。
要するに、信用取引は「猛獣狩り」、株価上昇を見込んでの投資は「狩り」、優待目当ての投資は「農業」。猛獣狩りはふつうの人にはできない。逆に猛獣に襲われてしまって命にかかわります。狩りだって、運動神経がよっぽど良くないとケガをします。農業は急にはもうからない。まずは種を植えて成長を見守らないといけません。でも、調べたり教わったりして堅実に取り組めば、素人でも少しずつ収穫ができます。

原田 リーマンショックの頃が桐谷さんの人生で一番のどん底ですか。

桐谷 いえ、人生でもっとも死にかけたのは、十八歳半で将棋の世界に入って二十五歳で四段になるまでの間です。お金がないので一食十七円のインスタントラーメンを一日二食食べていたら胃潰瘍になりましてね。

原田 今お元気だから笑ってしまいますけど、それは大変でしたね。
定年退職する六十歳をすぎた頃から、人はだんだん外出しなくなりますね。でも桐谷さんは、七十歳をすぎていらしても、優待を使うために映画を観たり、外食したり、アクティブですね。

桐谷 まさにそれが、僕が優待投資を人に勧めたい理由なんです。優待券があれば、使うために外出せざるを得ないですから。「お金に余裕がある人は優待がいい株に分散投資してください。生活が楽しくなりますよ」と講演会などでいつも話しています。そういえば、『財布は踊る』の最後の方に、ひとり暮らしの老人が出てきますね。

孤独はタバコ十五本分

原田ひ香さん

原田 ええ、あの老人は孤独ゆえに、ある人物を家に招き入れます。私は、さみしさから話し相手を求める、おじいさんの気持ちがよくわかる気がします。

桐谷 孤独はタバコを一日十五本吸うくらい体に悪いという研究結果があるそうです。イギリスでは二〇一八年に世界で初めて孤独問題担当大臣を置いたのですが、それほど孤独の問題は大きいんです。株主優待券で、誰かを誘って一緒に食事に行くのも、使わない券を人にあげたりするのもいい。人と触れ合うきっかけになります。株主優待は使用期限があるところがかえっていいんです。現金は期限がないから、使わないままになってしまう。

原田 お金はあの世までもっていけないので、元気なうちに活用しないと、もったいないですよね。

桐谷 昔は「お金の話をするのは品がない」という風潮がありましたが、だんだん薄れてきました。二〇一九年に金融庁の報告書が元で話題になった「老後二千万円問題」で、皆、「そんなにあるわけない!」と憤ったりして、お金の話題がタブーではなくなりつつあります。『三千円の使いかた』と、具体的な金額をタイトルに出した原田さんの作品も大ヒットしていますね。

原田 ありがたいことに、六十万部を超えました。『三千円の使いかた』は元は「節約家族」というタイトルでした。本を出す前に中央公論新社の営業部の方が「そのタイトルでは売れない」と言い出して、新しくつけてくれたのが『三千円の使いかた』です。

ところで、『桐谷さんの株入門』によると、桐谷さんは総資産四億円が目前とか。すごい資産ですが、桐谷さんにとってお金とは何ですか。

桐谷 僕にとって四億円というのはただの数字みたいなもの。この歳で食べるのに困っていないのはありがたいことですが、お金を使って贅沢したいとはいっさい思いません。

原田 それはまた、どうしてですか。

桐谷 僕の父親の影響が大きいですね。父は「貧乏ほど幸せだ」「金持ちはみんな悪人だ」「世の中の人がみんな幸せになるまで、自分が幸せになっても意味がない」としょっちゅう言っていました。若い頃は「ちゃんとした仕事をして金持ちになった人は悪人じゃない」と反論して、喧嘩したりもしました。でも、結局あれほど反発した父の言っていたことが染み付いて、今もお金が使えません。実際は株の配当金だけでもけっこう贅沢な生活はできるのですが、お金が使えない性分なので、優待品で暮らしているというのが実情です。

原田 お父さま、一徹な方ですね。

桐谷 小学校のとき、親の学歴を記す書類がくるたびに、父は「尋常小学校卒と書いておけ」と。今から二十年くらい前、初めて父親が大卒の資格を持っていたことを知りました。つまるところ、反権力だったんでしょうね。変わった人間で、いっさい金儲けはしませんでした。法律の無料相談や住民運動をしながら、終生すごく貧乏でしたが、不満は決して漏らしませんでした。

原田 確かにお金を持っているかどうかと、幸せかどうかは、まったく別の問題と思います。一方で、若い頃も、歳を取ってからも、お金のことを考えるのは大事なことだな、と思っています。誰かの財布をあてにするのではなく、自分の財布は自分で持って、考えて使ったほうがいい。そういう想いを『財布は踊る』に込めました。

桐谷 『財布は踊る』の感想を話し合ったりすると、お金の話もしやすいですよね。節約や投資のことを、楽しく読みながら知ることができるから、とても役に立つ小説です。

原田 この作品がお金について考えたり話したりするきっかけになるとしたら、そんなにうれしいことはありません。今日はお話できて、本当に楽しかったです。

新潮社 波
2022年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク