『財布は踊る』
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桐谷広人×原田ひ香・対談 お金と、株と、どん底と。
[文] 新潮社
「今より少し、お金がほしい」人たちの切実な日常を描いた小説『財布は踊る』の刊行を記念して、作家の原田ひ香さんとプロ棋士・投資家の桐谷広人さんが対談。『三千円の使い方』が大ヒットした作家の原田さんと、“優待名人”として知られる桐谷広人さんが語った、投資に対する考え方や節約する理由、そして人生で一番のどん底とは?
桐谷広人×原田ひ香・対談「お金と、株と、どん底と。」
原田 今日も自転車でいらっしゃったのですか。
桐谷 はい、「あさひ」という自転車販売の企業の株主優待でもらった、いつものママチャリで来ました。都内の自宅から新潮社まで、三十分もかかっていません。このくらいの移動なら、少々の雨でも合羽を着て自転車で向かいます。対談のご依頼をいただいたときに聞いたのですが、僕の講演会に来てくださったことがあったとか。
原田 コロナの前、丸の内での桐谷さんの講演に、一ファンとしてうかがいました。講演のあとにツーショット写真まで撮らせていただいたんです。
桐谷 では、今日は「はじめまして」ではないですね。
原田 はい、こうしてお話しできるのは本当に光栄です。
桐谷 原田さんの最新刊『財布は踊る』を読ませていただきました。僕は普段は宮城谷昌光さんの作品など、主に歴史小説を愛読していて、原田さんの作品を読んだのは初めてでした。
『財布は踊る』は、映画「パルプ・フィクション」のように、様々な登場人物の五つの話が最後の第六話でひとつにまとまってくる。そこがとてもおもしろかった。第一話で人生のどん底を経験した主婦、葉月みづほが、第六話であんな変身を遂げるとは想像できませんでした。
ひとつのルイ・ヴィトンの財布が流れ流れて、いろんな人の手を経ていくという、ハラハラしながら楽しく読める小説です。でも、その背景には、「世界の先進国は収入が増えて豊かになっているのに、日本だけが独自に貧しくなっている」という重い現実があるように思いました。登場人物たち、皆、様々な事情でお金に困っていますしね。
株をやってうまくいくと……
原田 私は桐谷さんのご著書を全部読ませていただいています。『桐谷さんの株入門』『桐谷さんの米国株入門』(ともにダイヤモンド・ザイ編集部編)も刊行されてすぐ入手しました。桐谷さんから教わったことを『財布は踊る』にも入れているんです。たとえば、株主優待券が目当てで日本マクドナルドの株を買う、野田裕一郎というサラリーマンが出てきます。この優待を知ったのも、桐谷さんが紹介していたからです。
桐谷 野田裕一郎とは、「人生は五千万を作るゲーム」と豪語していた、株の信用取引で大変な目に遭う会社員ですね。だいたい株をやっていてうまくいくと、信用取引に手を出して痛い目に遭うんです、僕みたいに(笑)。
ところで、日本マクドナルドの優待券一枚で好きなハンバーガーが一個もらえるのですが、トッピングも三つまで無料でつけてもらえるのをご存じですか。僕はいつもトマトを三枚つけてもらっています。
原田 知りませんでした(笑)。
桐谷 僕の勧めた優待株を買ってくれている人は結構いるみたいで、先日も秋葉原の「うな匠」で鰻を食べていると、「桐谷さんが言っていたからこのお店の株を買いました」と男性が声をかけてくれましてね。紹介した株を買って喜んでもらえることはうれしいです。僕は常に優待券を入れた通称「優待財布」を持ち歩いて、使えるチャンスを逃さないようにしてるんです。
原田 アコーディオンみたいに広げられる、すごくたくさん優待券が入ったお財布ですね。
桐谷 今日は、『財布は踊る』について語るということで、優待財布以外にも、普段お金を入れている財布、ラスベガスのカジノで儲けた三千五百ドルが入った財布、優待でもらって使っていない財布など、手持ちの財布を持ってきました。
原田 こんなにたくさん持っていらっしゃるのですね。
そういえば、少し前に桐谷さんの節約術が載っているのを月刊誌「ザイ」で読みました。『財布は踊る』の主人公、葉月みづほも顔負けの節約術で、びっくりしました。みづほは、スーパーをはしごしてなるだけ安い食材で美味しい献立を作ったり、メルカリで値切ってシーズン遅れの中古の洋服を買ったり、いわばお金の節約をします。でも、桐谷さんのやっていらっしゃることは節約以上のものがありますね。
桐谷 とにかく無駄遣いがきらいでね。テレビなどのロケで新幹線での移動があるときに、番組制作会社に「グリーン車に乗っていいですよ」と言われても、絶対に乗りません。タクシーにも極力乗らず、自転車か電車が基本です。
原田 人のお金でも無駄遣いされないのですね。
桐谷 外食先で食べきれなかったご飯はビニール袋に入れて持ち帰りますし、こういう場で出していただいた紙コップや割りばしも持って帰って、家で洗ってまた使いますよ。そんなことしても、いくらもお金が浮かないのはわかっているのですが、地球温暖化が気になっていましてね。
原田 桐谷さんの場合、節約というレベルを超えて、ものを最後まできれいに使い切るという「始末」ですね。
桐谷 『財布は踊る』の冒頭で、みづほが憧れているお財布アドバイザー、善財夏実による「シャワーの水がお湯になるまでに何リットル水が流れるか」という話題が出てきますが、僕もお湯になるまでの水を必ずバケツに貯めて、洗濯に使っています。
原田 お湯になるまでに六リットルくらいの水が流れるので、流しっぱなしにするのはもったいないですよね。
桐谷 『財布は踊る』には、節約をはじめ、株や不動産の投資や、奨学金返済のことなど、取材なのか、原田さんの実体験なのか、いろんなことが詳しく書かれていますね。原田さんご自身は投資をしているのですか。
原田 はい。二十代の頃から投資を始めました。
桐谷 ずいぶん早いですね。僕は三十代半ばからでした。
原田 大学の先生のひと言がきっかけで、お金を貯めてみたのが始まりでした。先生があるとき、「就職して実家から勤め先に通うとしたら、月に八万円ずつ貯金しなさい。これで一年で九十六万円貯まる。それに加えて、年二回のボーナスから二万円ずつ貯金しなさい。そうすると年間百万円貯めることができる。結婚するまでに三百万くらい貯めたら、結婚して仕事をやめても、気持ちの上で自立していられるよ」とおっしゃったんです。それまで貯金のことなんか考えたことがなかったので、目から鱗でした。卒業して丸の内のOLになったとき、先生が言った通りに毎月貯めてみました。
桐谷 実家住まいでも、初任給から八万円貯めたのはすごいですよ。
原田 一年間で本当に百万円貯められたときに「こんな大金をどうしたらいいのかな」と思って職場の近くにあった山一證券に相談に行きました。確かポンドにしたと思うのですが、勧められた通り、外貨建てファンドに投資して、ひと月くらいでするすると百三万円になったんです。その後も「次はオーストラリアドルにしませんか」と勧められたりしていましたが、山一證券が自主廃業してしまって……。
桐谷 忘れもしない一九九七年十一月二十四日。山一の破綻は僕の人生にも大きく影響しました。
原田 秘書室勤務だった私は、山一破綻のニュースを知ってすぐ、室長に「すみません、山一證券がつぶれたみたいなんですが、百万円ほど預けていまして」と涙ながらに話したら、室長も真剣な顔で「いますぐ行ってきなさい」と。仕事を抜け出して、走って見に行ったら、シャッターがほとんど下りていました。五十センチくらい開いている下の隙間から中を覗いて、「すみませーん」と大声で必死で呼びかけたのですが、誰も出てきてくれず、しばらく立ち尽くしていたのを覚えています。
桐谷 でも、投資信託なら、預けたお金は戻ってきたんでしょう。
原田 はい、後日、百万円が戻ってきてほっとしました。