「ベビーカーが来たら道を譲るようになった」 忘れてしまっている優しさに気づいた育児経験をラジオDJ・秀島史香と作家・二宮敦人が語る
対談・鼎談
『ぼくらは人間修行中』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
世界が変わる経験
[文] 新潮社
世の中の優しさに気づく
二宮 秀島さんはお母さんになることでお仕事に変化はありました?
秀島 はい。まず妊娠中はわりとぎりぎりまでお仕事をしていて、マイクや車のハンドルとの距離が遠くなりました(笑)。そういうからだの変化も含めて、リスナーさんからいただく近況報告を自分の体験に照らし合わせて考えられるので、返すコメントにより実感をこめられるようになった気がします。たとえば「どんどんお腹が大きくなってきました」という妊婦さんからの声に「足の爪が切りにくいですよね」とか、「駅の階段では足元に気を付けてくださいね」とスッと言えるようになったんです。
二宮 秀島さんの『なぜか聴きたくなる人の話し方』には学びがたくさんありましたが、実体験にも裏打ちされていたんですね。僕はベビーカーが来たらさっと道を譲るようになりました。自分で操ってすごく方向転換しにくいというのがわかりましたので。
秀島 実感があると行動に衒いがなくなるんですよね。娘が生まれたとき住んでいたのは、狭い路地に銭湯があって、おばあちゃんが軒先で朝顔を育てているみたいな町だったんです。娘をベビーカーに乗せて散歩していると、どこからともなくおばあちゃんが集まってきて「かわいいわねえ」と。子どもが運んでくれる社会との接点、ご縁ってありますね。
二宮 バスに乗っているとき、強面のひとがじっとこっちを見ていたかと思ったら、息子にニヤッと笑いかけたりするんです。僕も見ず知らずの子供にそうしてしまう。子供には人間の内面を引き出す力がありますね。
秀島 ベビーカーに赤ちゃんがいるとつい覗き込んじゃうこととか、ありません? で、みんな笑顔になる。お母さんも笑顔。赤ちゃんの力、すごいです。
二宮 世の中はこんなに優しかったんだって気づきますよね。自分もそれに触れていたはずなのに、忘れてしまっている優しさに。
秀島 その優しさを素直に受けられるようになると、場がうまく回っていくんですよね。娘のベビーカー時代、家の最寄りの駅にはエレベーターもエスカレーターも設置されていなかったんです。駅員さんは親切で「いつでも声をかけてくださいね、お運びします」と言ってくださるんですが、忙しい時もあると思って、たいがい抱っこ紐でなんとかやっていたんです。でも、あるとき立ち往生してしまっていたら、私の様子を見ていた男子高校生が「よろしければお持ちしますよ」と運んでくれて感激しました。「今どきの若者、優しいじゃん!」って。
二宮 世の中に優しくしてもらうと、自分も優しくなれますよね。許容範囲が広がるというか。
秀島 わかります。
二宮 世界の見え方が変わってくる。