「ベビーカーが来たら道を譲るようになった」 忘れてしまっている優しさに気づいた育児経験をラジオDJ・秀島史香と作家・二宮敦人が語る
対談・鼎談
『ぼくらは人間修行中』
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世界が変わる経験
[文] 新潮社
出会いは高校生のとき
秀島 わたしは仕事一途なところがあって、大好きなラジオの仕事さえできていればハッピーだったんです。
二宮 大学生のときから仕事をされていて。
秀島 はい。でも、いつまでこの仕事をさせてもらえるかわからない。だから、お仕事は毎回、試合に出る、オーディションを受けるというような感覚が今でもあるんです。だから、常に準備をしていないと鈍っちゃうとも思っているのですが、わたしが世話をしないと生命の維持すらできない赤ちゃんが目の前に出現したときに、仕事よりも優先すべきものがあったんだと気づかされました。
二宮 だとすると、出産はかなり勇気が要ったんじゃないですか?
秀島 世界が違って見えるに違いないという確信だけは産む前からあったんですが、その前に実はわたし、もともと結婚願望がなかったんです。仕事だけしていたい、結婚したら家事の負担も増えそう、今でさえ大変なのに絶対無理! みたいな(笑)。
二宮 え、じゃあなんで結婚したんですか?
秀島 夫は友人の同僚だったんですが、わたしとものごとの見方がまったく違うので、いちいち発言が面白い。でも一緒にいて落ち着く。そこがスタートでした。二宮さんと奥様はどこで出会われたんですか。
二宮 僕は漫画家を目指していた時期がありまして、ジャンプに漫画を持ち込んだりしていたんですよ。それがだんだん、小説でお仕事をもらえるようになり、忙しくなってきたので、僕が原作を書いて絵は誰かに描いてもらうという形に変わったんです。その相棒が忙しくなって「自分の代わりに絵のうまい人を紹介するよ」とつないでくれたのが、彼女でした。
秀島 へぇ~。
二宮 でも、実際に会ってみたら、当時高校生だったんですよ。僕は大学を出て社会人をしているのに。しかも彼女は東京藝大を目指しているという。え? それって難関大学なんじゃない? 僕の漫画なんか描いている場合じゃないでしょと思って、「大学に合格してまだやる気があったら連絡して」と言って別れたんです。
秀島 奥様は現役で合格を?
二宮 いえ、一浪していますね。それで忘れたころに「受かったよ」と連絡がありました。
秀島 いい話。
二宮 で、じゃあ一緒に漫画を作るかとなったんですが、彼女、絵は確かにうまいんですけど、漫画の絵じゃないんですよね。「わたし、漫画は描けない」とか言い出して、「でも、せっかくだから確定申告のレシート分けとか手伝うよ」と言ってくれて。僕も「じゃあ、お礼に焼肉とかおごるよ」とか、徐々に仲良くなっていった感じです。あとで聞いたら、僕の小説を好きで読んでくれていたらしくて、最初から好感度は高かったらしい(笑)。