隈研吾さんが、追及したのは「抽象的な箱型ではなく、柔らかさを感じる〝おうち〟っぽい建築」 「江戸川区角野栄子児童文学館」開館プロジェクト第7回

インタビュー

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新装版 魔女の宅急便

『新装版 魔女の宅急便』

著者
角野 栄子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041031858
発売日
2015/06/20
価格
616円(税込)

書籍情報:openBD

隈研吾さんが、追及したのは「抽象的な箱型ではなく、柔らかさを感じる〝おうち〟っぽい建築」 「江戸川区角野栄子児童文学館」開館プロジェクト第7回

[文] カドブン

取材・インタビュー:葛山あかね
撮影:佐山順丸

2023年11月に開館予定の「江戸川区角野栄子児童文学館」の建設が着々と進んでいます。
設計を担当したのは隈研吾さん。その土地の文化や環境、地域性を鑑みながら唯一無二の建物を世界各地に生み出し続ける建築家です。そんな隈さんが、この施設をつくるにあたって考えたこと、感じたこと、大切にしたことは何なのか。お話を伺いました。

――江戸川区角野栄子児童文学館の設計はプロポーザルによる選定方式により、隈研吾建築都市設計事務所に決まったとお聞きしました。そもそも、この設計に名乗りを挙げたのはなぜでしょう。

隈:もともと僕が角野さんの物語の世界が好きだったことが、大きな理由かな(笑)。とくに『魔女の宅急便』のファン。ストーリーはもちろんですが、主人公の少女「キキ」のパーソナリティに惹かれていました。ただ可愛いだけじゃなく、自分で自分の道を切りひらく芯の強さがあるところが好きなんですよね。フランスにあるうちの事務所でも「魔女宅」はすごく人気で、可愛い子がいると、その子のことを「キキ」なんて呼んでいますよ。

隈さんは、「魔女宅」ファン (『魔女の宅急便』福音館書店)
隈さんは、「魔女宅」ファン (『魔女の宅急便』福音館書店)

――作者である角野さんにお会いした印象は?

隈:すごくお洒落で素敵な方だと思いました。カラフルな洋服を着て、あそこまで自分を出せる人ってあんまりいない。とくに日本人は、色の強い洋服を着たりすると派手なんじゃないかしら、まわりの人にどう思われるかしらって考えがちだけど、角野さんは、そういうものを取っ払った何かがある。ピンク色のワンピースを颯爽と着こなしている姿は、本当に格好良いですよね。
話をしていても、ご自身の世界をきちんとお持ちで、なんて魅力的な方だろうと思いました。角野さんの存在自体が、もう一つの物語。江戸川区角野栄子児童文学館を設計するにあたって、角野さんの描く物語や角野さん自身のイメージを大事にしたいと思いました。

■従来のモダニズム建築では描ききれない世界観

――そうした思いを反映させたのが今回の建物ですね。独特な形をしていて、とても印象的です。

隈:これまでミュージアムや文学館といった施設は、どちらかというと箱っぽい建物になりがちでした。モダニズム建築はどんどん抽象化していって、形は四角くなるし、色だったらモノクロになっていくというように、〝シンプルがいい〟という風潮がどこかにありますが、そうした概念は角野さんに合わないと思ったんです。角野さんの世界観を表現したいな、と。
角野さんの作品には、人間が本来もっている心のコアの部分が描かれていると思います。誰しも、いつもハッピーではなく、暗い気持ちだって持っている。決してファンシーではない人間的な柔らかさや奥深さが物語の根底にある。それは豊かな世界観であり、それを表現したいな、と。そのためにはどうすればいいのか。スタッフと一緒にたくさんの意見を出し合いながら最終的に辿り着いたのが〝おうちっぽい〟建物。「おうち」のエッセンスを抽出した新しいタイプの建築だったんです。

「しかくい窓」のモックアップ(模型)2022月4月撮影
「しかくい窓」のモックアップ(模型)2022月4月撮影

――「おうち」っぽい建築。そのエッセンスが「フラワールーフ」だったり、「しかくい窓」だったり。

隈:単なる箱ではなく、「おうち」ですから、屋根をつけることはとても重要でした。つけ方にも悩みましたね。大きな三角の屋根ではなく、小さな屋根をいくつも付けたいという思いがそもそもあって、じゃあ、どんな風に付けようかといろいろと考えて、花びらが広がるようなフラワールーフになりました。〝花のような〟というと一歩間違えるとファンシーになりがちだけど、もっと凜とした意志のようなものを感じられる今のかたち(※写真参照)に落ち着きました。
その名前の通り、花びらにも見えるけど、蝶々に見えたり、鳥が羽を広げている姿にも見えませんか。まるで生きものが動き出しそうな、そんな気配を感じてワクワクしてほしい。
外壁に大きさや高さの違う「しかくい窓」をいくつも設けているのも特徴です。「おうち」っぽさを表現するための仕掛けですが、建物の中から外を眺めたときのピクチャーウィンドウになったり、さまざまな情報を発信する展示ケースにもなるのです。

花びらのように広がるフラワールーフの屋根
花びらのように広がるフラワールーフの屋根

■角野さんからの要望はプロ目線?!

――設計を進めるなかで、角野さんからいくつか注文があったと聞きました。

隈:角野さんは、建築家のような目線で建物をご覧になっているんです(笑)。普通だったら窓の形はこれがいい、床材はこれにしてほしい、などの要望くらいですが、角野さんは「軒裏」や「ひさし」についておっしゃられた(「軒裏」とは外壁から外側に飛び出した屋根の裏側の天井にあたる部分のこと。「ひさし」は窓や扉などの開口部の上にある小さく出ている部分を指します)。これにはびっくりしましたね。一般の人は、そんなところに目がいきませんから。軒裏の材質やひさしの形状をもう少し変えたい、という注文でしたが、その理由は「屋根をより強調させたいから」でした。ああ、なるほどな、って。僕らも何を主役にして、どれを脇役にするかということを考えますけど、角野さんのその要望を聞いたときに、僕らと同じように考えるんだ、やっぱりものづくりの人なんだと共感しました。

もう一つ、角野さんらしいなと思った注文もあります。トイレのカランについて。トイレの内装は基本的に白で統一して、水栓の金具は白か木目調のものを使う予定でしたが、それを〝いちご色〟にしたいとおっしゃられて。60年ほど前、角野さんがデンマークに行ったときの体験が元になっているそうですが、真っ白な空間のなかでカランだけが真っ赤で、それがものすごく素敵だったから、そういうことができないかしら、という相談を受けました。仕上がりは……できてからのお楽しみです。

角野さんとは、何度もディスカッションを繰り返しました。話し合いを重ねるたびに良い方向になっていくから、勉強になったし、何より一緒につくりあげる感覚がして、とても楽しかったですね。

何度も角野さんとディスカッションを重ねて、楽しかった、と隈さん。
何度も角野さんとディスカッションを重ねて、楽しかった、と隈さん。

■自然と交わり、風景に溶け込む

――隈さんは、つねづね「場所と建物の関係」を大事にしていらっしゃいます。今回、建設地であるなぎさ公園やその周辺をご覧になって、どのような魅力や個性を感じ、どのように生かそうと考えられましたか。

隈:建設現場であるなぎさ公園を訪れたとき、特別な場所だと思いました。景色の素晴らしい小高い丘があって、そのすぐ脇には旧江戸川が流れている。四季折々の豊かな自然に囲まれ、ポニーちゃんもいるでしょう。もうそれだけで、いろいろな夢の世界が描けるような場所ですから、ここをいかに生かすか、ということはとても大事なことでした。
たとえば、外壁を柔らかなニュートラルホワイトにしたのは、室内のいちご色の世界を引き立たせることが一番の目的ですけど、もう一つ、豊かな自然にきちんと溶け込むようにするためでもありました。春になれば桜が満開になって、つつじも咲く。夏には木々の緑が濃くなり、秋を迎えると紅葉して黄色やオレンジに囲まれます。外壁はいわば白いキャンバスのようなもの。いろいろな風景や景色に溶け込むことができるし、それがまた建物の外と中とを緩やかにつなぐ役割を果たしてくれます。

「なぎさ公園」から見下ろせる旧江戸川の景色(2021年9月撮影)
「なぎさ公園」から見下ろせる旧江戸川の景色(2021年9月撮影)

――また、建物は小高い丘の上にありますね。丘の傾斜を利用しながらの設計にも、大きな意味があるとうかがいました。

隈:丘の上に立ったとき、子どもたちが元気に走り回る姿が浮かび、丘を走り回る楽しいリズムを建物の内側にもつなげたい、と思いました。入り口で一度立ち止まるのではなく、走り回るそのリズムのまま中に入って、駆け巡ることができるような。1階と2階をつなぐ〝コリコの街の大階段〟はまさに丘の一部です。それに建物の中には行き止まりがないんですよ。ぐるりと一周回れるような構造になっているのもそのためです。

■子どもだけでなく、大人も心揺さぶられる場所に

――「江戸川区角野栄子児童文学館」で、子どもたちにどのように過ごしてほしいですか。

隈:こうした施設は、どちらかというと閉鎖的で、中に閉じ籠もって本を読むような場所が多いけれど、ここはもっとオープンでいい。大階段に座って本を読んでもいいし、天気のいい日には外に出て、草の上を寝転びながら読んでもいいじゃないですか。自由に、思い思いに過ごしてほしいですね。
子どもだけではなく、大人にとっても同じ。ここは子どものための児童文学館ではあるけれど、大人にとっても素晴らしい場所になると思います。豊かな自然のなかに白い建物があって、中に入ると圧倒的ないちご色の世界が広がるなんて、日常とかけ離れているでしょう。とても心揺さぶられる場所になると思いますよ。子どもも大人も、みなさんが自分なりに豊かな時間を過ごせる場所になったら、こんなに嬉しいことはないですね。

■「江戸川区角野栄子児童文学館」とは?

児童文学の傑作であり、世界中の子どもに夢を与えた『魔女の宅急便』の作者、角野栄子さん。50年以上にわたって創作活動に邁進し、これまでに生み出した作品はなんと250以上! その角野さんのゆかりの地である江戸川区に児童文学館が設立されることになりました。江戸川区が、児童文学の素晴らしさを発信するためのベースステーションとして建設を計画。現在、2023年の開設に向けて準備中です。建設場所は、総合レクリエーション公園「なぎさ公園」の展望の丘。江戸川区の自然に囲まれたこの場所で、新しく生まれる児童文学館にぜひご期待ください!
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e081/kuseijoho/keikaku/bungakukan/index.html

KADOKAWA カドブン
2022年08月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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