文芸評論家が選ぶミステリ作品 警察小説からSFアクション、戦国時代小説まで9作を紹介

レビュー

5
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  • 三星京香、警察辞めました
  • 神々の歩法
  • その意図は見えなくて
  • 姫
  • モノノ怪 執

書籍情報:openBD

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

文芸評論家・細谷正充がセレクトして紹介する新エンタメ書評。現実を越えるミステリー作品とは?

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 歴史に刻まれるであろう、重大な事件が起きた。今後の日本に、いろいろな影響が出ることは間違いない。そう思うと、心がザワザワとする。だからこそ、できるだけ日常を堅持していきたいものだ。ということで今月も、面白い本を紹介していこう。

 松嶋智左の『三星京香、警察辞めました』(ハルキ文庫)は、新たな警察小説の書き手として注目されている作者の最新刊だ。ただし本書は、県警本部刑事部捜査一課の三星京香が、刑事部長を殴って、警察を辞めるシーンから始まる。さらに夫とも離婚し、娘のつみきの親権をどちらにするか、弁護士を入れて話し合っていた。それを有利に進めるため、無職はまずい。幼馴染の弁護士・藤原岳人に相談したところ、彼が勤める「うと法律事務所」に、調査員として雇われる。さっそく岳人の担当する事件の調査をすることになった京香。行方が分からなくなった、傷害事件の情状証人を、パラリーガルの芦沢夢良と共に捜すことになる。だが、調査に出ている最中に、つみきの面倒を見ていた岳人が、何者かに殺されたのだった。

 猪突猛進なところのある京香は、警察を辞めても、刑事気質が抜けきらない。しかし立場は、法律事務所の新米調査員だ。そのギャップに戸惑いながら、事件を追っていく様子が楽しめた。また、パートナーになる夢良は、過去の件で警察を嫌っている。デコボコなふたりが、しだいに相棒になっていく過程も、読みどころになっている。

 もちろん、ミステリーとしての魅力も見逃せない。単純な傷害事件に、いかなる秘密が隠されているのか。岳人を殺したのは何者なのか。どちらも予想外の真相に驚かされた。これだけ面白いのだから、シリーズ化してほしいものだ。

 宮澤伊織の『神々の歩法』(東京創元社)は、SFアクションの連作集。地球人に憑依した狂った高次元生命体との、地球を守ろうとする者たちの戦いが描かれている。絶望的な任務に従事しているのは、合衆国特殊作戦軍・陸軍特殊作戦軍団AOF。リーダーのオブライエンを始め、分隊のメンバーは全身を徹底的にチューンナップされた戦争サイボーグだ。しかし紫禁城を根城にして、広範囲の地域を破壊する、ウクライナ農夫の憑依体に手も足も出ない。そこに現れたのが、アントニーナ・クラメリウス(ニーナ)というチェコの少女だ。〈船長〉と呼ばれるセキュリティ多胞体(高次元生命体にも多様な種類がある)は、訳あって狂うことなく八歳のニーナに憑依。ニーナも狂わなかったが、〈船長〉によって十代半ば相当の肉体に成長させられる。過去の悲劇から、憑依体の暴威を止めようとするニーナは、オブライエンたちと協力して、憑依体と激しい戦いを繰り広げる。

 というのが第一話の粗筋だ。以後、オブライエンの分隊と共にニーナが、さまざまな憑依体と対決する。各話にSFのアイデアが盛り込まれており、ストーリーは予測不能。基本的に良い子だが、八歳児なので何をするか分からない、ニーナのキャラクターも魅力的だ。気宇壮大なエンターテインメントを堪能した。

 藤つかさの『その意図は見えなくて』(双葉社)は、八津丘高校を舞台にした連作ミステリーだ。第四十二回小説推理新人賞を受賞した表題作は、生徒会長選の不正投票疑惑が題材になっている。会長に立候補したのは、二年生の人気者の氷室ひとり。だが投票を集計すると、信じられないほどの白票が投じられていた。これが不正投票なら、誰が、どのようにやったのか。学校で起きた盗難事件を解決したことのある三年生の鴻巣は、諏訪野教諭に指名され、選挙管理委員の生徒たちの前で謎解きを始めるのだが……。

 ちょっと踏み込んで書いてしまうが、本作の面白さは、次々と探偵役が代わっていくところにある。それによって謎の焦点も変わってくるのだ。不正投票疑惑の真相は、分かってみれば簡単なこと。それよりも注目すべきは動機である。十代の若者らしい、傲慢なまでの思い上がり。多かれ少なかれ、誰もが持っていた、その痛々しい感情が、謎の解明と共に迸るのだ。以後の話も、やはり青春の痛々しさに満ちている。また、第四話「その訳を知りたい」で、若者の過剰な自意識を愚弄する大人の醜さも表現しており、作品に厚みを持たせている。今後の活躍が期待できる新人だ。

 花村萬月の『姫』(光文社)は、戦国時代を舞台にした破天荒な物語である。颱風と火事により、儺島の支倉は壊滅した。生き残った網元の利兵衛は、颱風の最中に現れた南蛮船に乗り込み、黄金の棺の中にいた赤ん坊を発見する。死体のような赤ん坊だが、口が“ひめ”の形に動く。生きているようだ。無私の心で赤ん坊──姫に血を与える利兵衛。たちまち成長した姫と利兵衛は、戦国の世に乗り出し、信長・秀吉・家康の人生と深くかかわっていく。

 さまざまな描写から、姫の正体を吸血鬼だと思った。だが、だんだん怪しくなる。安土城の地下で出会う・獣・の正体が分かってからは、ストーリーも、ぶっ飛んでいく。まさかあの人物が登場するとはと絶句する暇もなく、東北の地で奇想天外な戦いが繰り広げられるのだ。しかも姫は、地球の誕生・生物の進化・量子力学など、とんでもない話をする。これほど自由な小説は、そうはあるものではない。だというのにラストは、かつての時代小説でお馴染みの大団円を採用する。その落差に啞然呆然。しかしメチャクチャに面白い。ただただ凄いというしかない作品である。

 仁木英之の『モノノ怪 執』(角川文庫)は、今も新作を願うファンの多いテレビアニメ『モノノ怪』の、スピンオフ作品だ。小説とはいえ、モノノ怪を斬る正体不明の薬売りと再会できるとは、嬉しいことである。

 収録されているのは六篇。アニメが時代不明だったのに対して、本書には時代が確定できる作品が幾つかある。特に顕著なのが、会津騒動を題材にした第二話「亀姫」と、無名時代の為永春水を主人公にした第四話「文車妖妃」だ。このように史実と絡めながら、モノノ怪の世界を屹立させたのは、作者の手柄であろう。もちろん、他の話もよく出来ている。二〇二三年に、完全新作エピソードによる劇場版アニメが公開されるそうだが、それまで待てない人は、ぜひとも本書を手に取ってほしい。

『あさとほ』(KADOKAWA)は、第四十一回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を『虚魚』で受賞した、新名智の第二長篇だ。デビュー作でも示されていた・物語・そのものへのこだわりが、本書ではより強く表現されている。

 子供の頃のことだ。大橋夏日の目の前で、妹の青葉が行方不明になった。だが、やはり行方不明の現場にいた桐野明人を除いて、誰もが青葉のことを忘れる。それどころか、青葉の存在すら消し去られたようになくなっていた。青葉のことから目を逸らしながら、大学生になった夏日だが、卒論指導をしていた藤枝先生が失踪。これを切っかけに、散佚物語『あさとほ』を巡る、奇怪な騒動に巻き込まれていく。

 散佚物語とは、本文が現代まで伝わらずに、行方不明になってしまった昔の物語のことだ。再会した明人と共に、藤枝先生の行方や『あさとほ』を調べる夏日。やがて、青葉の行方不明も、『あさとほ』と関係があったらしいことが判明するのだが……。

 平明な文章で、徐々に恐怖を盛り上げていく手腕は、新人離れしている。しかもストーリーが巧みだ。後半の衝撃的な展開を経て、読者は「幻想の共有」による物語の混沌を味わうことになる。何が真実で、何が虚構なのか。本書を読んだ私も、物語の登場人物のように、物語に取り憑かれたような気がして、背筋が寒くなったのである。

 梶尾真治の『おもいでマシン 1話3分の超短編集』(新潮文庫nex)は、ショート・ショート四十篇が収録されている。ほとんどの作品できちんとオチを付けながら、内容はバラエティに富んでいる。個人的には表題作や、「父のAI」「ママのくるま」といった、ちょっと切ない話が好み。「美亜へ贈る真珠」を始めとする、抒情SFで知られる作者らしい佳品だ。また、「ショート・ショートの主題と構造」は、ショート・ショートを書くときの悩みが、いつの間にか悪魔との契約になり、駄洒落オチが付く。こういう作品もサラリと書いてしまえるのが、ベテラン作家の強みだろう。

『円居挽のミステリ塾』(星海社新書)は、円居挽をパーソナリティーにした連続対談企画全五回を書籍化したものだ。ゲストは、青崎有吾・斜線堂有紀・日向夏・相沢沙呼・麻耶雄嵩。どの対談も面白いが、特に興味深かったのが斜線堂有紀だ。「ラテンアメリカ文学ってミステリと相性がいいんですよ。ごく自然に日常のなかに非日常があるから、その世界観自体が特殊設定ミステリ的なんですよね。そこに本当の殺人を混ぜてしまえばいいんです」という発言は、目から鱗であった。円居挽も含めて六人のミステリー作家が、今、何を考え、どうミステリーと取り組んでいるのか分かる、貴重な一冊だ。

 最後は手前味噌になるが、細谷正充編の『家康がゆく 歴史小説傑作選』(PHP文芸文庫)である。もちろん来年の大河ドラマ『どうする家康』を当て込んだアンソロジーだ。宮本昌孝の「薬研次郎三郎」から木下昌輝の「さいごの一日」まで六篇を収録。飛び飛びではあるが、徳川家康の生涯を俯瞰できるようにしたつもりである。なお、武川佑の「大名形」は、書き下ろし作品。具足師の視点で、三方ヶ原の戦いと戦国武将の在り方を見つめた、優れた物語である。いささか早いが、大河ドラマの予習として、読んでいただければ嬉しい。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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