どこでもいいからどっか行きたい!
[レビュアー] 都築響一(編集者)
どの作品もがっつりストリートに根ざし、というか「地べた」に生きる妙な人たちを描き続ける小説家/劇作家の戌井昭人が、10年近くにわたって雑誌に連載しているコラムをまとめたのが本書。なにせ1本が写真1枚、文章が200字くらいというささやかなボリューム。しかも、いちおう旅行記ではあるものの、旅する場所がまた観光名所とはほど遠いささやかな街角や田舎の道端だったりするので、雑誌のページだとさらっと読んでおしまいになってしまいがちだが、こうして250ページ以上の単行本にまとまってみると、ぜんぜんちがう印象と、ものすごく充実した旅に付き合わされた心地よい疲労感をもたらしてくれる。
本屋に行けば世界のありとあらゆる場所を懇切丁寧に紹介するガイドブックが溢れているが、この本は観光名所とも「隠れたおすすめスポット」とも無縁。「こんなところ撮るか!?」みたいな写真に添えられた文章もまた、ほとんどの場合その写真の場所や人間の説明にすらなっておらず、戌井さんの疾走感あふれるイマジネーションだけが200字に詰め込まれている。なので旅行ガイドとしてはまったく役に立たない。夏休みに行きたい穴場、とか探したい人はこの本よりもSNSとかブログとかを探したほうがよっぽどいい。
なのに、これほど「どこでもいいからどっか行きたい!」とウズウズさせてくれる(本来の)紀行本もなかなかない。旅する場所を教えてくれるのはガイドブックだけど、旅立つ精神を教えてくれるのが、こういう紀行本の真価であって、朝から晩まで机に向かう仕事の日常にうんざりさせてくれる効果抜群、ちょっと危険な一冊なのだ。とりわけ足止めを食らいっぱなしの今日この頃は。
ところどころに挟まれている短いエッセイも、よくわからない旅の小休止の時間というか、歩き疲れたタイミングでちょうど現れた居心地いい喫茶店みたいにありがたい。