“宇宙空間”と触れ合った一夜の冒険
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「星座」です
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二〇世紀初頭、新時代の幕開けを告げたのが飛行機である。頭上を飛翔する見たこともないマシーンの雄姿は子どもたちの心をわしづかみにした。その一人がサン=テグジュペリだった。しょっちゅう近所の飛行場を見物に行き、初めて試乗させてもらったのが一二歳のとき。長ずるに及び彼は飛行機乗りとなった。そして自らの体験をもとに清新な行動の文学を樹立した。
『夜間飛行』の背景をなすのは作者が南米大陸で従事した空路開拓の苦闘だ。それが小説では一夜の冒険に凝縮されている。
パタゴニアからブエノス・アイレスへと向かう途中、飛行士ファビアンは猛烈な嵐に見舞われる。機体を安定させようと苦心惨憺。高度を上げていくうち、とうとう雲海の上にまで出てしまう。それまでの闇夜から一転、ファビアンは「自分以外に住む者もない星座のあいだに迷い込んでしまった」。深い沈黙とまばゆい光に包まれた別世界の描写が戦慄的なまでに美しい。
当時の飛行機にはまだ風防がついていなかった。つまりファビアンは吹きさらしのまま飛んでいたことに留意する必要がある。ここで彼はいわば宇宙空間とじかに触れあっているのだ。
訳者である堀口大學の「あとがき」も名文だ。サン=テグジュペリについて「時々、地球に着陸するにすぎない」と書き、「彼の時間の大部分は、北斗と射手座の間のお百度に費やされる」と記している。はるか昔、中学生のときに読んだこの一節が忘れがたい。