『トライアスロンの哲学』ラファエル・ヴェルシェール著(ナカニシヤ出版)

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トライアスロンの哲学

『トライアスロンの哲学』

著者
ラファエル・ヴェルシェール [著]/加藤 洋介 [訳]
出版社
ナカニシヤ出版
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784779516412
発売日
2022/04/30
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

『トライアスロンの哲学』ラファエル・ヴェルシェール著(ナカニシヤ出版) 2750円

[レビュアー] 小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)

 水泳、自転車競技、長距離走から成るトライアスロンは、「究極の持久競技」だ。身体の痛みや苦しみに耐え抜く過酷な競技。なぜトライアスロンをするのか。競技経験をもつ哲学者は、人文社会科学の幅広い知見を駆使してその答えを探る。

 スリリングな考察だ。トライアスロンの審美的目的は水や空気、地、火の四元素を組み合わせ、自然と対峙(たいじ)しつつ一体化を目指すことにあるという。今日ではテクノロジーの発達に伴うトランスヒューマニズムの問いも生じている。脳内麻薬の放出、自己の忘却、肉体の限界を超える苦痛の快楽への転換など、この競技は嗜癖(しへき)をめぐる難問にも誘(いざな)う。努力に根差した業績主義に反し、遺伝的条件や心理傾向、社会環境にも左右される。男性化された競技だが、女性が男性に勝ることもある。ウルトラ級の持久力が問われる競技では、糖分や脂肪の活用や苦しみへの耐性といった身体的性差が規範的性差と折衝する。

 評者は若い頃に「なぜ山に登るか」を自問していた。自然や自己の限界と格闘する多様な営みにも共通しうる豊かな思索の旅に誘う本だ。加藤洋介訳。

読売新聞
2022年8月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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