『昭和天皇拝謁記 初代宮内庁長官田島道治の記録 1~4』田島道治著 古川隆久他編(岩波書店)

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  • 拝謁記1 昭和24年2月〜25年9月
  • 拝謁記2 昭和25年10月〜26年10月
  • 拝謁記3 昭和26年11月~27年6月
  • 拝謁記4 昭和27年7月~28年4月

書籍情報:openBD

『昭和天皇拝謁記 初代宮内庁長官田島道治の記録 1~4』田島道治著 古川隆久他編(岩波書店)

[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)

象徴天皇への道 克明に

 第二次世界大戦後に初代宮内庁長官になった田島道治。全7巻で構成される本書は、田島と昭和天皇との公開を前提としなかった克明な対話の記録である。

 本書を読むと、この拝謁記が令和になるまで封印されてきた理由がよく分かる。天皇によるあまりにも率直な人物評や、憲法改正に踏み込んだ発言は、早くに公表されれば大きな政治的波紋を起こしたに違いないからである。

 拝謁記からは、明仁皇太子の将来や、皇籍離脱した旧宮家の生活に心を砕く皇室の家長としての天皇の素顔が浮かびあがる。その一方で、旧憲法下の君主時代を想起させる天皇のリアリストとしての一面もうかがうことができる。

 なかでも、「独乙が持つ国持たざる国といふ標語で軍人に渡りをつけ、今度ソ連は実業家に商売銭もうけといふ事で渡りをつけてる」という言葉に示されるように、ソ連や中国に支援された共産主義勢力への強い警戒感が、敗戦に至る歴史とオーバーラップして天皇の口から語られているのは興味深い。また講和後の国会運営についても戦前の悪い所が少しも改まっていないと厳しく批判している。

 しかし、天皇が自らの政治的見解を表明することは、日本国憲法で定められた国民統合の「象徴」という枠を超えた国政関与になりかねない。

 実のところ、民間から起用された田島の重要な任務は、この新憲法の規定と天皇の意向をすり合わせることにあった。機微な政治問題を吉田茂首相に下問しようとする天皇に対して、田島は時に諫言(かんげん)も辞さなかった。多くの場面で、天皇は田島の意見を受け入れ、徐々に君主としての意識を変えていったようにみえる。

 二人の対話を通じて、新憲法施行後も未(いま)だ漠たるものであった象徴天皇のあり方が次第に輪郭をあらわしていく。本書はその模様が分かる昭和史の第一級史料である。

読売新聞
2022年8月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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