小説の中に「歴史」を造る 日本SF界の新鋭・小川哲と荻堂顕が語った、創作との向き合い方

対談・鼎談

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ループ・オブ・ザ・コード = LOOP OF THE CORD

『ループ・オブ・ザ・コード = LOOP OF THE CORD』

著者
荻堂, 顕, 1994-
出版社
新潮社
ISBN
9784103538226
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

地図と拳 = THE MAP AND THE FIST

『地図と拳 = THE MAP AND THE FIST』

著者
小川, 哲, 1986-
出版社
集英社
ISBN
9784087718010
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

小川哲×荻堂顕・対談 小説の中に“歴史”を造る

[文] 新潮社


小川哲さん(右)と荻堂顕さん(左)

小川哲×荻堂顕・対談「小説の中に“歴史”を造る」

災厄、虐殺、自己喪失──。〈疫病禍〉を経た近未来の世界を舞台にした荻堂顕氏の『ループ・オブ・ザ・コード』。デビュー第二作にして各界からの注目を受ける彼が対談を熱望したのは、満洲のとある都市の興亡を描いた大作『地図と拳』の作者・小川哲氏だ。作品の中に架空の都市や国家を生み出し、深遠かつ自由な想像力をはばたかせて、物語を紡ぎあげる──彼らの筆を走らせる、熱い思いの源とは?

重ねられていくモチーフたち

小川 新刊の『ループ・オブ・ザ・コード』、大変面白く読みました。僕がいうのもなんだけれど、長いのに一気読みしてしまいました。

荻堂 ありがとうございます。感想を直接言われるのにはいまだ慣れません。

小川 言う方も慣れませんよ(笑)。この作品で印象的だったのは、普通の作家が一冊かけて問うようなテーマを、まるで幕の内弁当のように4つも5つも盛り込んでいるところです。反出生主義、未知の病、テロリズム、民族主義。しかもそれらが、タイトルの「ループ」や「コード」という言葉でうまく結びついています。

荻堂 そう言っていただけて安心しました。自分でもいろいろなテーマに手を伸ばした感覚があったので。

小川 コードという言葉には、法律や符号を意味するCODEと、紐を意味するCORD、二つの英単語が当てられますよね。前者は抹消された歴史や、新しい統治体制、遺伝子配列などを連想させるし、後者は臍の緒や人間同士の絆、血縁関係などを連想させる。「ループ」にも輪という意味以外に権力の含意があります。「コード」や「ループ」という言葉から、日本人が連想する様々なテーマを盛り込み、それらを拡散させずにタイトルやモチーフでまとめあげる手腕には確かな実力を感じました。

荻堂 タイトルはずっと決めずに書いていたんです。だけど全体の3分の2あたりまで書いたところで、参考文献の中で「臍帯巻絡」という言葉と出会い、物語の収束点が見えてきて……。

小川 作中にも出てきましたね。お腹の中で胎児に臍の緒が巻き付いてしまうこと、でしたか。

荻堂 英語では「ループ・オブ・ザ・アンビリカル・コード」といい、死産となってしまうこともあるそうです。そこでふと、作中に「ループ」や「コード」と繋がるものがちりばめられていることに気づき、タイトルにしたい、と思いました。

小川 主人公のアルフォンソが持ち歩くあやとりも、それらの言葉と重なるいいモチーフですよね。

荻堂 特に意識せず登場させていたキーアイテムでした。うまくハマってくれたなと思います。

小川 作家を助けるアイテムとして、お話の要所要所をきちんとしめてくれています。そういう奇跡が、小説を書いていると起こるんですよね。


小川哲さん

戦争という現象と個人

荻堂 小川さんの『地図と拳』も、まさにタイトルにモチーフが集約されていますよね。

小川 「地図」は建築や国家、設計図などのメタファーであり、「拳」は戦争や暴力のメタファーです。僕も一つの言葉を何層も重ね合わせていくやり方をとるので、荻堂さんの作品には親しみを覚えました。

荻堂 これまで、いつか歴史ものを書く機会があったら、絶対に満洲が書きたいと思っていました。安部公房の『けものたちは故郷をめざす』(新潮文庫)やなかにし礼の『赤い月』(文春文庫)が好きで……。だけど、これを読んでその気持ちは消し飛びました。一生、やらない。

小川 ははははは。

荻堂 遠回りな感想になってしまいますが、僕はガンダムが好きで、特に昨年公開された『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』という劇場版作品が大好きなんです。その監督である村瀬修功さんがインタビューで、「モビルスーツを描くのではなく、モビルスーツがいる現象を描きたい」という言葉を残していて、『地図と拳』もまさに同じだと思いました。『閃光のハサウェイ』では、モビルスーツの戦闘のかっこよさではなく、その足元で壊れる建物や下敷きになる人々を丹念に描いています。同じように、戦争ではなく、戦争という現象の中に生きるインディビジュアルな内面を、小川さんは丁寧に書かれていました。これはとても熱量のいることですよね。

小川 簡単に答えが出るものよりも、いろいろな立場から物事を考え、ようやく朧げに輪郭が見えてくるものが好きなんです。満洲には、エネルギー資源を求める人、ソ連との戦争を見据える人、最初から住んでいた人、ヨーロッパから流れてきた人など、様々な思想や立場の人が生きていました。それぞれの視点に寄り添い、個人の人生をなぞりながら書くことは、この舞台を描くうえでは必然でした。そうした知的好奇心から満洲という舞台に魅力を感じて書き始めたので、多面性を描くことはあまり苦ではなかったですね。

荻堂 僕はこれまで一人称視点でしか物語を書いたことがないから、率直にこれだけの人数を管理できるのが凄いな、とも思いました。三人称視点で、たくさんの人物を立体的に描くことでもたらされる迫力も、作品の大きな魅力になっています。

小川 ありがとうございます。でも人数の管理も、実はそこまで苦には感じていませんでした。むしろ行き詰まった時に、「そろそろあいつのことでも書くか」と気分転換にもなります。それに、完全なる第三者的な、いわゆる神視点ではなく、三人称で語りながらも一人称的に描く形をとっているので、より多くの人物の内面を描くことができるかなとも思います。

荻堂 中盤で一瞬だけ、村の少年の視点で描かれるシーンがあるじゃないですか。あの数ページだけで、物語に個人の表情が浮かび上がって、惹きつけられました。

小川 小説の一番の強みは個人の内面に入れることだと思っています。視点人物が何を感じ何を考えているか、こんなにもしっかりと伝えることができるのは、あらゆるフィクションの中でも小説だけです。「一万人死にました」と教科書や新聞で書かれたところで、個人の死がそこに立ち上らないと人間は悲しめないし、小説の強みを生かして戦争を描くなら、そうした個人の視点を丁寧に書くことは必要だろうと考えていました。荻堂さんは完全な一人称で書かれるから、主人公以外の内面を書くのには苦労されるんじゃないですか。

荻堂 そうですね。主人公と周囲との会話シーンには、車中でのやりとりを多用してしまって、それは次回作に残す課題でもあります。

小川 ただその分、主人公のアルフォンソのことはしっかりと掘り下げられています。彼は、世界生存機関という国際組織の調査要員で、一見するとクールなキャラクターでしたが、いわゆるハードボイルド小説で活躍するタフな主人公ではなくて、実際には非常に等身大な人柄です。かっこいいセリフは言うんだけど、実はなよなよとした弱いところもある。ハードボイルド史上、いちばんおしゃべりな主人公かもしれません。

荻堂 まさにその通りです。ディレッタントな言い回しなどはしていても、彼は自身の中の喪失と常に闘い、そこから立ち直ろうとしている。そういう姿を書きたいと思ったし、これはデビュー作でも目指していたところでした。

小川 今作では、彼が自らの子孫を残すことについて考え、いろいろな人の立場に目を向けながら、その問題に向き合う様子が丹念に描かれている。いわば彼の成長譚として読むべきかもしれません。

荻堂 内面に一番迫れるからこそ、何をして、何をしてこなかったか、主人公の深いところまで描ける。それこそが、一人称小説の良さなのだろうと考えています。

物語に要請されて

小川 作中で書かれている架空の国家「イグノラビムス」は、元々ラテン語の言葉でしたよね。

荻堂 そうですね。「知らない」というラテン語の未来形です。

小川 僕はこれを読みながら、舞台はどこなのだろう、日本だったらいいのに、と考えていました。でも、そうかなと思ったらきちんと否定されるんですよね。特定されないように、慎重に言葉を選んでいる印象でした。

荻堂 そうですね。もちろんモデルはあるし、それに根ざした要素はちりばめています。でも特産物や飛行機の時間、国土の位置関係など、少しずつ現実からずらしてもいます。

小川 作中では日本の話もちょくちょくでてくるんだけど、極めて繊細なバランスでイグノラビムスと直結しないようにしている。SF小説のモチーフとして、「第三次世界大戦の核攻撃によって消滅した国土に新しい国を作る」というものがあるんですが、それに近いものを感じます。これらはすべて、舞台が特定されることで作品の主題を散漫にしないための配慮ですよね。これは現代の政治批判ではありませんから。

荻堂 おっしゃる通り、この国がどこであるかは重要ではありません。むしろ作品にとってはノイズになってしまいかねない。だからイグノラビムスについても、必要なパーツしか書きませんでした。もしアルフォンソが一般人としてこの国で過ごすのだとしたらもっと詳細に詰めて描かなきゃいけないのだろうけれど、彼は調査のために一時的にいるだけですから、それ以上のことを書く必要はないのだろうと。

小川 おかげで、作品の主題がミスリードされない構図になっています。この架空国家は、そうした物語の主題に要請されているんですね。僕の場合は、むしろ「李家鎮」という架空の都市自体が物語の主題になっていますから、しっかりと描く必要がありました。物語の主人公のひとつが、都市そのものなんです。

荻堂 長い時間をかけて変容していく都市が丁寧に綴られていました。

小川 あれはもともと「満洲に残されたアンビルドの都市計画がもし実現されていたら」という発想から書かれた作品で、うみだされた李家鎮という都市は、多面的な歴史を歩んだ満洲という土地のメタファーとして機能しています。一つの架空都市の興亡を描くことで、満洲という土地全体の興亡を見せたかった。満洲という国家の構造を反映するものとして、都市を築いていきました。

荻堂 同じ架空の都市や国家を作るといっても、僕たちは全く正反対の作り方をしたのかもしれませんね。

新潮社 小説新潮
2022年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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