<書評>『「ナパーム弾の少女」五〇年の物語』藤(とう)えりか 著

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「ナパーム弾の少女」五〇年の物語

『「ナパーム弾の少女」五〇年の物語』

著者
藤, えりか, 1970-
出版社
講談社
ISBN
9784065288139
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『「ナパーム弾の少女」五〇年の物語』藤(とう)えりか 著

[レビュアー] 吉岡忍(作家・日本ペンクラブ会長)

◆「ゆるし」語り平和希求

 ベトナム戦争には記憶に残る写真が何枚もある。路上で頭を撃ち抜かれる青年、泥水のなかを逃げる母子。黒煙を背に逃げてくる子どもたちの写真もその一枚だ。泣き叫ぶ少女は何もまとっていない。その子、キム・フックが本書の主人公である。

 一九六五年からの十年間、南北に分断されたベトナムでは米ソ冷戦が“熱戦”となって噴きだした。米国は五十万人からの兵士と数々の最新兵器を送り込んだが、ついに撤退に追い込まれ、初めての「負けた戦争」となった。あとには二百万人のベトナム人と五万数千人の米兵の死と、傷ついた無数の人々が残された。

 少女を傷つけたのはナパーム弾だ。かつて日本各地の空襲に多用された焼夷(しょうい)弾を改良し、「ガソリンに化学物質などを混ぜて」ジェル状にし、長時間、高温のまま人体などに張りつかせ、「神経も毛包も汗腺も」焼き尽くす爆弾だった。彼女はその写真を撮ったカメラマンらに救出され、奇跡的に一命を取り留めた。

 だが、イデオロギー色の強かった戦争は独立後のベトナムに影を落とした。社会主義政府はキム・フックを「反米」の象徴や西側からの「援助」を引きだす手段として利用しようと、何度も外国メディアに登場させた。勝手な発言をさせないよう、監視もついた。医学を勉強したい、という彼女の希望は次々に打ち砕かれていく。

 本書後半は後遺症に苦しめられながら医療先進国のキューバに留学し、そこで知り合った同じ留学生のベトナム人と結婚し、モスクワへの新婚旅行の途中でカナダに亡命してから現在に至るまでの半生記である。辺鄙(へんぴ)な空港で事務室に駆け込み、亡命を願い出るくだりは、結果がわかっていてもはらはらするが、それ以上に胸を打つのは、キム・フックが米国の退役軍人らを前に「ゆるし」を語り、歴史は変えられないが、ともに平和のために「良いこと」をしようと訴える場面だろう。

 ウクライナ戦争の報がつづくいま、戦争の悲惨さを体現した人の言葉が重く響く。

(講談社・1980円)

1970年生まれ。朝日新聞記者。移民問題やマイノリティー差別などを取材。

◆もう1冊

松岡完著『ベトナム戦争 誤算と誤解の戦場』(中公新書)

中日新聞 東京新聞
2022年8月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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