『農家はもっと減っていい』
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「農業をやりながら田舎暮らしでも楽しもう」という大きな勘違い 『農家はもっと減っていい』著者インタビュー
[文] 新潮社
農業について抱くイメージは人によってかなり異なる。
「自然を相手にしたおおらかな仕事。自分で作った作物を自分で食べながら暮らす。人間関係に疲れてきたから、いつか田舎でやってみたい」――人気番組「人生の楽園」(テレビ朝日系)や、「満点! 青空レストラン」(日本テレビ系)などを見ながら憧れている人もいるだろう。
一方で、日経新聞や「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系)のファンならば、「日本の農作物の潜在力は高い。やり方次第で農業は成長産業になる」と期待感を持って見立てているかもしれない。
また、「後継者不足、低収入が問題だ」と憂えている人も多い。憧れている人、期待している人も、こうした問題点を認識しているはずだ。
「(株)久松農園」代表、久松達央(ひさまつたつおう)氏の新著『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』(光文社新書)を読むと、こうしたイメージは覆されることだろう。久松氏は大手企業勤務を経て1998年に農業に転身。年間100種以上の野菜を自社で有機栽培し、個人や飲食店に直販する形態のDtoC型農業を実践している。
『農家はもっと減っていい』というタイトルの真意など、久松氏に聞いてみた。
――一般には、農家の高齢化、後継者不足が農業の最大の課題であり、衰退の原因だというような認識があるのですが、違うのでしょうか?
「農家の高齢化や後継者不足自体、そこから生じる農業者の減少は、当事者にとっては大きな問題なのは間違いないでしょうが、それが産業としての農業にとって本当に問題なのかは、きちんと見たほうがいいでしょう。
売上規模別に農家を見た場合、販売農家107万戸のうち、実に8割が売上500万以下の零細農家です。利益ではなく“売上”です。当然ここからコストを引くわけですから、実際にこれらの農家が手にする金額はもっと少なくなります。この8割の農家の多くは、兼業農家などで主たる収入は他から得ている人たちです。
つまり、いわゆる『農家』の8割は、農業1本で食べている『プロ農家』ではないんです。数の上で8割もいるこの零細農家層の総売上は、全農業産出額の13%程度しかありません。
一方で、数の上では1割強の売上1000万円以上の上位層が、全農業算出額の8割弱を生み出しています。さらに言えば、数の上では5%にも満たない3000万円以上の農家が、販売金額では53%ほどを生み出しています。
そして、この5年ほどの変化を見ると、売上規模が小さい農家ほど減っており、逆に3000万円以上の農家数は増加しています。
もちろん、個々の農家の方にとっては、後継者がいなくなることは悲しいかもしれません。しかし、農業を一つの産業として客観的に見れば、農業で食っているわけではない層が市場から退出する一方、プロ農家層は経営規模を拡大している状況だと言えます。
これを見るだけでも、『高齢化で農家が減って日本の農業が危機に瀕している』とか『農業は儲からない』といったよく耳にするフレーズが正確ではないことがわかるのではないでしょいうか」
――データで示されると説得力はあるのですが、小さい農家の人たちにとっては「先祖代々の土地を守らねば」といった気持ちもあるのではないでしょうか?
「現代の農業は機械化・設備化やマネジメントの高度化が進んでおり、生産手段のひとつでしかない“農地”をどんなに守っても、皆が農業経営をできるわけではなくなりました。むしろ、小規模で赤字経営の農家が市場から退出しないことが、全体のコストパフォーマンスを悪くしている面は否めません。たとえば稲作は大規模化がコストダウンに直結する農業ですが、地域の中で集約化が進まないことは、現代的な稲作経営を進める先進農業者の生産性向上にブレーキをかけます。
土地の事情や扱う作物によって、必ずしも大規模化がいいことづくめではないのは事実ですが、多くの場合は、集約によって、もっと利益を出す強い農家が生まれるはずなのです」
――故郷の知り合いの農家が作った作物を貰ったり、観光地で地元のおじいさん、おばあさんが作ったお米を買ったりすると嬉しい気持ちになります。そういう感覚と、大規模化のメリット云々というのがどうも相容れない感じがしてしまうのですが……
「親戚や知人に、『ウチの米だ』と言ってわけてもらうと嬉しいですよね。そういう米は、俗に縁故米などと呼ばれます。親戚や友人に安い価格で、あるいはタダで配られます。でも、こうした農業にも補助金が使われています。先進的な農業に取り組もうとしている経営者からすれば、補助金で支えられた米がタダで配られるのですから、たまったものではないでしょう。
地域の直売所などでも、ご高齢の農家が『生きがい』としてつくった野菜が安く売られていることがあります。観光客にとっては魅力的な商品かもしれません。
しかし、その土地で農業でメシを食っていこうとしてやる気を持って働いている若手の農業者たちが、こうした年金をもらいながら半ば趣味でつくられ、採算度外視で市場に出された野菜と戦わなければならない。これは産業政策として正しいことでしょうか」
――何となく、農家は苦労を強いられていて、大変だ、皆で助けねば、という風潮は昔からある気がしますが、間違いなのでしょうか?
「農業に興味を持つ学生や若者と話をすると、農家を『手を差し伸べる対象』として捉えていることが多々あります。『恵まれない農家さんを助けたい』と熱っぽく語る若者と接するたびに、農家と接点がない都市住民が持つ『貧農史観』の強さを実感します。都市住民の、農業は清貧で善なるもの、というイメージには根強いものがあります。
また、こういうイメージを利用している農業者や関係者も少なくありません。ちゃんと食えている農業者の多くは、普通のビジネスパーソンですが、それが世間に伝わることを良しとしない人もいます。標準語で話せるはずなのに、取材などになるとあえて訛りを強調するような人も……。
さきほどもお話したように、現在の『農家』の8割は、農業で食べているプロではありません。たまたま知り合った農家の人、テレビで見た農家の人だけでは、産業としての農業はわかりません。場合によっては、目の前にいる『恵まれない農家』は、日本の農業を機能不全に陥らせている側かも知れない、という視点を持つべきです」
――今後は、大規模でビジネス感覚を持った農家しか生き残れない、あるいは生き残るべきではない、ということでしょうか?
「そんなことはまったくありません。私の経営する久松農園も6ヘクタールしかない小さな農園です。私たちはここで年間70~100種類の露地野菜を有機栽培して、ネット通販や飲食店との直取引を行っています。
小さな農園であっても、やり方次第では利益も出せます。本でも書いたように、小さいなりの生き残り術はあるのです。たとえば私たちは、価格競争の土俵には載りません。大規模農家には勝てるはずがないからです。
『儲からないから公的に守る』のではなく、個々の農業経営が、それぞれの条件に応じた戦い方にシフトし、農業全体がアップデートすることが大切です。補助金で古い農家の延命を図っても、誰のためにもならないのです。」
――お話を伺っていると、「大自然の中、好きな野菜を作ってのんびりと暮らす」といった農業は難しいということでしょうか? 著書の中でも「ОS」「モジュール化」「SEO」「ファンベース」「PDCAサイクル」等々、ビジネス書で頻出するようなキーワードが多く使われていますね。
「大自然でのんびり、をやりたいのならば、趣味として野菜を育てることを考えたほうがいいでしょう。かつては少しの技術があれば個人でも食っていけた飲食業や小売業において、資本の参入で、戦略のない参入は難しくなりました。農業も、これからは仕事としてやりたいのならば、他の産業と同様に、ビジネスとしてきちっと組み立てることができなければ、成立しません」
農業についての認識がアップデートされる1冊だと言えるだろう。