『ボイジャーに伝えて』
書籍情報:openBD
十年後に伝えられた声がこの世界の輪郭を確かめる
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
駒沢敏器の新刊小説が出た、と聞いておどろく人もいるだろう。
亡くなって十年になる。「ボイジャーに伝えて」を雑誌に連載した後、本になる前に作家の死が報じられたが、その連載を読んでいた若い女性読者がいた。彼女はひとりで出版社を立ち上げて、この本はようやく世に出ることになった。
タイトルのボイジャーは惑星探査機のことで、小説の中の公平と恭子は、ボイジャー1号機と2号機が打ち上げられた日にそれぞれ生まれたという設定だ。ふたりは運命的なつながりを感じるが、出会ってすぐに、公平は自然の音を録音する旅に出てしまう。
五感をひらいて読むように書かれた小説だと思う。とりわけ音の感覚が、読みながら次第に研ぎ澄まされていく気がする。探査機ボイジャーには、地球外生命体に地球の文化を伝えるべく、自然音や言語を録音したレコードが積み込まれていた。公平も、自分が生きているこの世界の輪郭を確かめるように、さまざまな場所で自然の音に耳をすます。
公平が触発された、衛星ラジオ局のセント・ギガは実在したラジオ局で、かつて駒沢自身、このプロジェクトにかかわっていたという。他にも、ライターとして世界各地を旅した経験や、音楽や文学の深い知識など、作家がそれまでの人生で獲得したさまざまなものが小説の中に溶かし込まれている。
「私はここにいます、あなたがそこにいてよかった……」。初めて出会った横浜のライブハウスで公平がうたった英語の歌詞を、恭子の耳はするどくとらえた。ヴォネガットの小説『タイタンの妖女』に出てくるハルモニウム(水星の生物)のつぶやきは、二人を結び付けただけでなく、公平と、若くして非業の死を遂げた女性とをつなぐ言葉であり、思い半ばで逝った作家と、新しい読者とのあいだでやりとりされる言葉でもあるだろう。