あさとほ

『あさとほ』

著者
新名, 智, 1992-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041126097
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

ミステリーとホラーをまたいだ企み

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 物語の存在について考えさせられる恐怖小説である。

 本書の語り手である〈わたし〉こと夏日は幼い頃、森の中の廃屋を探検中に双子の妹である青葉が眼前で消失するのを目撃する。幼馴染である明人と懸命に青葉を捜すものの、青葉の姿は見つからない。廃屋から戻った夏日は青葉がいなくなってしまったことを両親に明かすが、母親は「それ……だれのこと?」と言う。夏日と明人以外の誰もが、青葉のことを覚えていないのだ。

 数年が経ち、大学生活を送る夏日は再び奇妙な出来事に遭遇する。卒論指導の教授である藤枝が失踪してしまったのだ。大学では数年前、清原という非常勤講師が行方不明になっていた。やがて夏日は身の回りで起きた事件に、「あさとほ」と呼ばれる謎の物語が関わっているのではないか、ということに気付く。

 第四十一回横溝正史ミステリ&ホラー大賞で大賞を受賞した新名智のデビュー作『虚魚』は、「釣り上げた人が死んでしまう魚」という怪談の起源を主人公たちが辿っていくという、ミステリの構造を備えたホラー小説であった。本書でも「あさとほ」という物語を巡り、謎解き小説に似た興趣が盛り込まれている。「あさとほ」は題名のみ後世に残った散佚物語であり、戦後写本が発見されたものの今は行方不明らしい。夏日は怪異を解く手掛かりを得るために、「あさとほ」の正体に迫ろうとするのだ。ミステリ的なプロットが次の頁を捲らせる原動力になっている。

 物語の謎を追いかけるという筋立てゆえに、随所に物語論が展開しているのも本書の特徴だ。特筆すべきはそうした物語に関する思索が単なる枝葉ではなく、ミステリとホラーをまたいだ企みと分かち難く結びついている点である。後半部に進むにつれて読者は、一体自分は何を読まされているのか、という不安に陥るはずだ。物語に思いを巡らせた先に、驚愕と戦慄が待つ。

新潮社 週刊新潮
2022年9月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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