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ユーモアとロマン、危うさと寂寥。齢を重ねての恋はその着地が難しい。
[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)
単行本刊行から約8年、文庫化を心待ちにしていた。村田喜代子『屋根屋』は、雨漏りの修理にやって来た50代の職人・永瀬と繰り返し旅をする40代の主婦・みのりの物語。2人が逢うのは、夢の中だ。
自在に夢を見られると語る永瀬に、みのりは興味を惹かれる。かつて心を病んだとき、医者に夢日記をつけるよう勧められたことがきっかけだったと彼は言い、「奥さんが上手に夢を見ることが出来るごとなったら、私がそのうち素晴らしか所へ案内ばしましょう」とみのりを誘う。
手ほどきを受け、みのりは永瀬と夢で合流する。ときに鳥になって街を見下ろす。ノートルダム寺院、シャルトル大聖堂、法隆寺、アミアン大聖堂。建築工法の知識を持つ永瀬は最高のガイドだ。現実では決して味わえない高揚感、旅の途中で「ここに残りませんか」と口にする永瀬の無骨な色気が、夢という安全地帯にやがて背徳の匂いをもたらす。奇妙なランデブーの行きつく先はどこなのか。ユーモアとロマン、危うさと寂寥、すべてが揃った極上の恋愛小説だ。
50代と40代の恋愛を描いた作品が、かつて大ベストセラーになった。ロバート・ジェームズ・ウォラー『マディソン郡の橋』(村松潔訳 文春文庫)。写真家のキンケイドと農家の主婦フランチェスカが、共に過ごした4日間をよすがにその後の人生を送る。老いたフランチェスカは、キンケイドとの関係を詳らかにした手紙を子供宛てに遺すのだが、秘めた恋を墓場まで持って行けなかったというのがなんとも人間臭い。
オルハン・パムク『無垢の博物館(上下)』(宮下遼訳 ハヤカワepi文庫)は、4日どころか何十年も一人の女性に執着した男の告白だ。婚約者がいながらひと回り年下の遠縁の美少女フュスンを求め続けた男ケマル。フュスンが吸った煙草4213本など、彼女に関連するものを並べた私的博物館に読者を案内しながら、彼は未練の詳細を語る。イスタンブールにはパムクが建てた実在の「無垢の博物館」があり、下巻にはなんと入場券が印刷されている。