「怪物」「博士」「鈍重」は誤解だった “彼”の胸打つ言葉を雅なる原作で

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

フランケンシュタイン

『フランケンシュタイン』

著者
メアリー・シェリー [著]/芹澤 恵 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784102186510
発売日
2014/12/24
価格
825円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「怪物」「博士」「鈍重」は誤解だった “彼”の胸打つ言葉を雅なる原作で

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 世の中にこれほどに有名で、しかも完全に誤解されている小説はないだろう。

 それは『フランケンシュタイン』。

 誤解は主に以下の4つだ。その1、「フランケンシュタイン」とは恐ろしい外見の怪物のような人造人間のことだと思っている人が多いが、実際はそれを創った科学者の名前。その2、科学者は「フランケンシュタイン博士」と解説されることが定番だが、博士や医者ではなく、18世紀末に大学で自然科学を学ぶ学生。その3、怪物は一般的なイメージでは巨体で凶暴、知性や感情を持たないが、原作では体力と抜群の運動能力があり、言語や文字をすぐ習得してゲーテなどの名著を読みこなす高い知性がある。しかも人の喜びや悲しみに共感する豊かな感情の持ち主。その4は、この作品がホラー小説といわれること。だが、おぞましい描写や恐怖を抱かせるような場面はほとんどない。

 作者メアリー・シェリーは19世紀初頭の英国ロマン派詩人であるパーシー・シェリー(冬来たりなば春遠からじ……の詩で有名)の妻で、わずか20歳でこの小説を書いた。平易な文体だが、香り高い文学の味わいがある。ヨーロッパ各国の自然の描写はうっとりするほど美しい。さらに、醜さゆえ忌み嫌われることへの絶望と怒り、孤独と哀しみを切々と語る怪物の言葉は、まるでシェークスピア悲劇のようで胸を打つ。自ら創り出した命なのに「おぞましい生き物」とその容貌に嫌悪感を抱き、「怪物」呼ばわりするフランケンシュタインを身勝手で無責任と思うのは私だけではないだろう。なぜ怪物は殺人を犯したのか。この小説は、善から生まれる悪、救われることのない孤独を描いた稀有な作品なのだ。

 ’30年代から現在まで多くの「フランケンシュタイン」映画が制作され、怪物のイメージがゆがめられて定着してしまった。原作に近いのはフランシス・フォード・コッポラ製作、ケネス・ブラナー監督、ロバート・デ・ニーロが怪物役の’94年『フランケンシュタイン』。だが、おどろおどろしい雰囲気を強調した演出で、原作ほどの深みはない。是非、小説を読んでほしい。

新潮社 週刊新潮
2022年9月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク