『若者たちのBC級戦犯裁判 さまよう責任と埋もれた無念』野見山剛著(dZERO)

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若者たちのBC級戦犯裁判 さまよう責任と埋もれた無念

『若者たちのBC級戦犯裁判 さまよう責任と埋もれた無念』

著者
野見山 剛 [著]
出版社
dZERO
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784907623524
発売日
2022/06/14
価格
2,530円(税込)

書籍情報:openBD

『若者たちのBC級戦犯裁判 さまよう責任と埋もれた無念』野見山剛著(dZERO)

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

一般兵断罪の真実追う

 第二次世界大戦終結後、米英など連合国が東京で開いた極東国際軍事裁判(東京裁判)は、映画や小説の題材になることも多く、よく知られている。だが、同じ時期にBC級戦犯を対象として開かれた「横浜裁判」はどうだろう。

 「A級」「BC級」というのは、裁判上の事務的な分類であり、罪の重さを示しているわけではない。東京裁判でA級戦犯として起訴されたのは、東条英機元首相らの戦争指導者で、罪状は「平和に対する罪」だ。これは当時、戦争裁判の起訴理由として妥当なものであるかどうか議論が起きたほどの、いわば特別な罪状だった。一方、BC級戦犯のほとんどは名もない元一般兵であり、罪状は「通例の戦争犯罪」=「戦争の法規または慣例の違反で、敵国の捕虜や占領地の民間人に対する殺害、虐待など」だ。横浜裁判では、主に戦時中の米兵捕虜に対する虐待が裁かれたという。

 一九八二年生まれの著者が横浜裁判に興味を抱いたのは、二〇一九年の春に記者として横浜に赴任し、戦争犯罪の裁判記録がほとんど手つかずで残されていることを知ったからだった。旧日本軍の兵士ら千三十九人が起訴され、百二十三人に極刑が宣告され、そのうちの五十一人が刑を執行された。被告の人数だけ見ても、東京裁判よりもずっと規模が大きかったのだ。また断罪されたこの兵士らの多くは、二十代三十代の若者だった。人違いで罪に問われたり、上官が居所不明のため部下に責任が転嫁されたりなど、人物や事実の認定、裁判の手続きそのものにも不公平で拙速な点が多々あった。

 横浜裁判は速記録さえ公刊されておらず、国立公文書館などで開示される記録は被告の名前が黒く塗り潰されている。それでも時間をかけて資料を集め読み解いてゆくと、著者はそこに、今も変わらぬ日本社会の縮図を見たという。その意味で未(いま)だ戦後は終わっていない。時が過ぎるに任せているだけでは、永遠に終わらない。

読売新聞
2022年8月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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