『亜鉛の少年たち アフガン帰還兵の証言』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著(岩波書店)

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亜鉛の少年たち

『亜鉛の少年たち』

著者
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ [著]/奈倉 有里 [訳]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784000613033
発売日
2022/06/30
価格
3,520円(税込)

書籍情報:openBD

『亜鉛の少年たち アフガン帰還兵の証言』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著(岩波書店)

[レビュアー] 国分良成(国際政治学者・前防衛大学校長)

ソ連、無益な戦いの慟哭

 正直なところ、防大にいた私にとって本書を語るのは辛(つら)い。戦争の犠牲になるのは最前線の下級士官と最下級の兵士たち、そして市民。ひょっとすると、最初の犠牲者になるかもしれない学生たちの前に立っていたのが私だ。

 「亜鉛」とは棺(ひつぎ)の象徴。本書はタイムリーだ。今回のウクライナ侵略を見ても、ロシアは歴史の教訓に学んでいない。1979年から10年間、当時のソ連は「友好」と称してアフガニスタン内戦に介入。最後は成果もなく撤退し、ソ連崩壊の一因となった。無益な戦いの中で無数の少年たちが「亜鉛」の中に納められた。それを内部から告発するのが本書だ。

 戦場を経験した兵士と銃後の人々、とりわけ母親たちの慟哭(どうこく)が強烈。戦場と母親を交互に繋(つな)ぎながら語る手法は斬新だ。人を殺す瞬間の無感覚、身体が肉片と化す殺戮(さつりく)の修羅場を兵士は赤裸々に語り、母親は亡くしたわが子の幻影をひたすら追い求める。出征のときは祖国愛に燃えていたが、帰国するとゴルバチョフ時代に変わり介入は失敗の評価、「アフガン帰り」は荒くれ者として軽蔑(けいべつ)の対象となった。

 「人間は戦地で変わるんじゃない、戦争から帰ってきてから変わる」「人間の意識は自分が消滅する可能性を想像できないようにできてるんだ」「真実をありのままに語れる人間なんて、絶望した奴(やつ)だけだ」「俺の前では、俺たちは犠牲者だったとか、あれは間違いだったとか、口にしないでほしい」。悲痛な言葉が並ぶ。

 本書は初版の増補版で、著者が証言者の元兵士や遺族から名誉毀損(きそん)で訴えられたベラルーシでの裁判記録も収録している。判決は原告の訴えを一部認めたが、名誉毀損にはあたらないとした。裁判の背後に彼女の活動を嫌う「反民主主義勢力」の存在が示唆される。

 戦争は為政者が起こす。だが、悲劇の物語を背負うのは若者と無辜(むこ)の民たち。本書はこの現実を実感させる。訳文も秀逸。奈倉有里訳。

読売新聞
2022年8月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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