7500万円を失った漫画家が明かす「秘密の儀式」 詐欺師の巧妙すぎる手口と洗脳が解けた瞬間

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毒の恋 7500万円を奪われた「実録・国際ロマンス詐欺」

『毒の恋 7500万円を奪われた「実録・国際ロマンス詐欺」』

著者
井出智香恵 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784575317350
発売日
2022/08/25
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

7500万円を失った漫画家が明かす「秘密の儀式」 詐欺師の巧妙すぎる手口と洗脳が解けた瞬間

[文] 新潮社


「レディコミの女王」井出智香恵さん

ある日突然、憧れのハリウッドスターがSNSを通じ連絡をしてきて、甘いやり取りを重ねるうちに心が通じ合い、ついにプロポーズされて秘密の恋が成就する……。夢のようなおとぎ話だが、実際は地獄への入り口だった。

映画『アベンジャーズ』シリーズでハルクを演じたマーク・ラファロになりすました詐欺師に騙され、7500万円もの大金を失い多額の借金を背負った女性漫画家の井出智香恵さんが、著書『毒の恋 7500万円を奪われた「実録・国際ロマンス詐欺」』でその全貌を明かした。

80年代に全盛期を迎えたレディースコミックの「女王」とも言われた井出さんは、多い時で1億円以上の年収があったという。
その彼女が70歳を迎えて、なぜ自身の財産をすべて捧げたのか。マークは彼女よりも約20歳も年下(事件当時50代前半)で言うまでもなく日本にはいない。妻子もいる。
常識的に考えれば、信じる要素は無さそうだ。しかし、井出さんは、知人や3人の子供たちから借金してまで多額の金を騙し取られてしまった。なぜそんなことになったのか。
自分自身や親が、同じ被害に遭わないための教訓とは。井出さんが、詐欺の手口から今の心境まで赤裸々に明かした。


AI技術で詐欺師はマーク・ラファロとの会話のように見せかけた

巧妙なディープフェイクでのビデオチャットに騙されて「結婚式」

――ハリウッドスターのマーク・ラファロから求婚されるなんて、信じがたい話のように思えますが、どうして信じてしまったのでしょうか。

井出:2018年2月にFacebookでマークからメッセージが届いた当初は、私も同居する次女も疑っていました。でも、翻訳機能を駆使して慣れない英語でチャットを続けていくうちに、彼から囁かれる甘い言葉が日々の生きがいになり、信じたい気持ちが強くなっていきました。7月までやり取りを続けても疑いを捨てきれず、「本物だと証明して」と言う私に、彼は「ビデオチャットをするかい?」と言い出したのです。20~30秒の時間で交わされた言葉は「ハロー、チカエ」という挨拶程度でしたが、マークの顔で私の名を呼んでくれたのが嬉しくて、すっかり信じてしまいました。実際は、ディープフェイクというAI技術を使った合成動画での「なりすまし」だったと後でわかりましたが、機械に疎い私は当時、そんな可能性を全く考えられませんでした。

そして1カ月後、「妻とは上手くいっておらず秘密裏に離婚調停を進めている」という彼からチャットでプロポーズされ、受け入れました。9月にはパソコンのモニターを通して、イタリア式の秘密の儀式とかいう「血の誓い」(針でお互いの指先を傷付け血を交わし合う)で「結婚式」も行いました。この頃が幸せの絶頂でした。


イタリア式の秘密の儀式?「血の誓い」WEB版

14万円から始まった送金がたった1カ月で1000万円に膨らむ

――「結婚」の儀式から1カ月後、彼が初めて借金を申し込んできたんですよね。

井出:マークから「離婚訴訟に向かう飛行機代のため1100ドルを貸してほしい」と頼まれたんです。離婚調停の最中だから自分の口座は裁判所に監視されお金を動かせない、知人名義の口座に振り込んでくれ、ということでした。私は何の疑いもなく「大変! もちろん貸すわ」と、手数料を含めた14万円弱を指定された海外送金サービス「マネーグラム」を使って振り込んでしまいました。当時の月収は100万円程でしたので、愛する人を助けるためなら大したことない金額だと思い、喜んで指示されるままに不慣れな海外送金をしたのです。

でも、それから次々と理由をつけて借金を申し込まれるようになっていきました。口座が監視されていて請求書の支払いができない、ケガの治療費が払えない、友人が金を盗まれたので助けてあげたい……。数千ドルずつ金の無心が続き、1カ月後には総額1000万円以上を振り込んでいました。


顔の部分のみすり替えたと思われるマーク・ラファロのコラ画像で怪我の治療費を要求

――お金はどうやって工面していたのですか。

井出:1000万円のうち、貯金が300万円、手持ちの貴金属などを売ったお金が300万円。残りの400万円は社会人の長男から借りてしまいました。長男にはマークのことを伝えましたが、私が幸せになれるなら、と自分の貯金に加えて複数の消費者金融から借金してまでお金を用意してくれたのです。

今思えば、母親として本当に最低なことをしたと思っています。でも当時の私は完全に信じ込んでいました。息子だけでなく娘たちにも貴金属を売ってお金を作って貰ったりして、さらに友人知人にも借金を重ねていきました。恋する相手が大金持ちのハリウッドスターだと信じていたので、お金は必ず返ってくる、私も漫画家として働いていて収入があるのだからみんなに必ず返せる、と思っていました。

「13億円あげる」と言われて総被害額7500万円に

――ご家族に借金しないと1000万円を用意できなかったのに、最終的な被害額は7500万円になってしまいました。どうしてそんな状況になったのでしょうか。

井出:マークが、「苦労をかけた君に1200万ドルを贈りたい」と言い出したのです。13億2000万円もの大金ですが、借金に苦しんだこれまでの苦労が報われる、彼からの私への愛と信頼の証だ、と喜んで疑うこともしませんでした。けれど、様々な「トラブル」が起こり、一向にお金を手にすることはできませんでした。私はもう焦ってしまい、相手の言う嘘の「トラブル」を解消するためのお金を振り込み続けました。日々の漫画家としての収入や、2018年秋冬コレクションでGUCCI(グッチ)とコラボ(※)した際の契約金3500万円もあったので、それらを数年注ぎ込むうちに7500万円もの額を失うことになってしまいました。(※井出さんの少女漫画時代のイラストが採用された)

――ご家族は誰も騙されていることに気付かなかったのですか。

井出:前の結婚が幸福なものではなかったことを知っているため、長男と次女は、私が幸せになれるなら、と口を出さないようにしてくれていたようです。それに、当時の私はマークを信じ切っていたので、何を言われても聞き入れられなかったかも……。警察に被害届を出した後、「他にもこうした詐欺に遭われている方のご家族から沢山相談を受けるのですが、ご本人を説得しようとしても、耳を傾けて貰えないんです」と警察の方がおっしゃっていました。

ただ、私の場合は、長女が私に罵られながらもめげずに騙されている証拠を見せながら説得してくれたので、目を覚ますことができました。2021年6月のことです。

洗脳が解けた瞬間は「エクスタシー以上の快感」

――騙されていたと気付いた時、どんな気持ちになったのですか。

井出:何とも不思議な気持ちというか、背中から天井へ抜けるようなすっきりした感覚がありました。悲しいとか悔しいとかそういうことより、一番に「ああ、もうマークにお金を払わなくていいんだ。自分のお金を自由に使っていいんだ」と思いましたね。マインドコントロールが解ける瞬間だったのだと思いますが、この時の快感はエクスタシー以上でした。

――借金を重ねたりして、その後周囲との関係が壊れることはなかったのですか。

井出:本当にありがたいことに、みなさん私の過ちを優しく受け止めてくださったんです。友人や知人への借金は地道に働いて必ず返すつもりですし、お給料の支払いが遅れたこともあったアシスタント達にも心から謝罪して反省しました。多額のお金を借りて一番迷惑をかけた子供達とも、詐欺に遭う前より関係が深まったように感じます。息子は一度も文句を言うことなく、私のせいで背負った借金の返済を地道に続けてくれているので、私も必死に働いてお金を返したいです。私が死んだ後の版権なども、迷惑をかけた方々への返済に充てたいと思います。

――恋愛はもう懲り懲り、といったところでしょうか。

井出:長女からは「お母さんはもっと恋愛しなよ」と応援してもらっているので、恋愛そのものに後ろ向きにならないようにしようと思っています。でも、誰かと付き合う前に、必ず紹介するように釘を刺されました。徹底的に調べ上げてくれるそうです。だから、みんなにお金を返し終えたら恋愛してみようかなと思います。次は、絶対に「お金を貸して」と言わない人と。

「会えない」「海外送金サービス」は詐欺だと思って

――最後に、被害に遭わないようにするためのアドバイスをいただけますか。

井出:私が騙された最大の要因は、寂しさや孤独だったと思うんです。愛する子供達がいますが、独り身ですとどうしても寂しくなってしまう……。詐欺師は本当に優しい言葉で近づいてくるので、誰かに「詐欺じゃないか」と指摘されても、「私だけは違う。彼だけは違う。特別だ。詐欺ではない」と思い込んでしまうんです。

でも、私の時のように、会おうとしても会えない人は絶対に詐欺だと思っていいと思います。私は何千万と差し出しても会えませんでしたから。

お金を要求されること自体もう詐欺だと思っていいですが、追跡しにくい海外送金サービスの使用も確実に詐欺でしょうね。

相談する相手も重要だと思います。私は、日頃から冷静で耳の痛い意見も言ってくれる長女にはマークのことを相談していませんでしたが、そういう人にこそ早く相談すべきだったのだと思います。心の底では、騙されていることが分かっていて、それを指摘されるのが怖かったのかもしれませんが……。お金の工面で手一杯となった私の部屋が散らかり始め、請求書の山を見た長女が気付いてくれたので事情を話せましたが、そうでなければ今も騙されていたかもしれません。だって、いまだに詐欺師から連絡が入り続けるのですから……。

 ***

井出さんのことを嗤う人もいるかもしれない。しかし井出さんはそんな反応も承知のうえで、自身の経験をオープンに話すことを決心した。最新技術も駆使する現代の詐欺師がいかに狡猾か、その結果被害者がどんなに悲惨な目に遭うかを広め、少しでも被害を減らしたいと考えたからだ。

今回の事件の顛末を描いた単行本『毒の恋』には、ここでは語り切れなかった詐欺師の手口もより詳細に紹介されている。「コカインの運び屋」「アメリカ外交官」「謎の米軍大尉」等々、マーク以外の登場人物も現れて、井出さんを翻弄していく。それこそハリウッド映画化も十分可能な物語となっている。

騙されないためにも、また詐欺師の生態に興味がある方にも必読の一冊である。

写真:井出智香恵

Book Bang編集部
2022年9月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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