ひと月の執筆量は1000枚、魅力的なタイトルの秘訣…名作『砂の器』『点と線』を生んだ松本清張の凄さとは?〈新潮文庫の「松本清張」を45冊 全部読んでみた結果【長編小説編】〉

レビュー

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砂の器 上

『砂の器 上』

著者
松本 清張 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101109244
発売日
1973/03/29
価格
825円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

点と線

『点と線』

著者
松本 清張 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101109183
発売日
1971/05/27
価格
693円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

新潮文庫の「松本清張」を45冊 全部読んでみた結果【長編小説編】

[レビュアー] 南陀楼綾繁(ライター/編集者)


松本清張

「本」に関することを中心に活動するライター・南陀楼綾繁さんが、没後30年を機に新潮文庫刊行の「松本清張」全作読破に挑戦! 前回、短編集15冊+中編集1冊の計140編を読み切り、ついに長編小説28冊へ。『点と線』『砂の器』『わるいやつら』など数々のベストセラーのなかで、南陀楼さんが選んだ清張の長編ベスト1とは?

南陀楼綾繁・評「新潮文庫の「松本清張」を45冊 全部読んでみた結果【長編小説編】」

 新潮文庫で読める松本清張の長編作品は、現在二十八冊。そのうち、上下巻の作品が六作あるから作品数は二十二作だ。一日一冊読んでも一か月はかかるが、意外にも半月近くで完読してしまった。清張の文章は読みやすく、独特のリズムがあって物語に没入しやすいからだ。それに加えて、映像化された作品が多いので、そのイメージと重ね合わせて読むこともできる。

 しかし、伏兵は意外なところにいた。没後三十年を機に、各社で清張作品が増刷・復刊され、関連本も刊行されている。もちろん、それらすべてを読む必要はないのだが、面白そうなのでつい手が伸びてしまう。清張のわんこそば状態だ。

 その中の一冊に、『松本清張推理評論集1957-1988』(中央公論新社、以下『推理評論集』)がある。

 清張は小説、ノンフィクション、古代史論など多くの分野で活動したが、エッセイは数少ない。同書には『随筆黒い手帖』(中公文庫)や『松本清張全集』(文藝春秋、以下全集)にも未収録の推理小説についての文章が網羅されている。

社会派推理の誕生

 一九五三年、松本清張は「或る『小倉日記』伝」で芥川賞を受賞する。当初は直木賞候補だったが、「芥川賞候補作として扱うべき」という永井龍男(直木賞選考委員)の意見により、芥川賞に回されて受賞した(永井『回想の芥川・直木賞』文春文庫)。その後数年は歴史を題材にすることが多かったが、一九五五年の「張込み」、翌年の「顔」あたりから推理小説を書くようになる。この二編を含む短編集『顔』で日本探偵作家クラブ賞を受賞している。

 そして、一九五七年に『点と線』と『眼の壁』の連載が始まり、翌年刊行されると、ベストセラーになった。

 清張は十代の頃から江戸川乱歩を愛読したが、推理小説の現状には不満があった。「謎解きやトリックなどに凝っている一部の「鬼」と称する読者相手のパズル的遊戯になり下ってしまった」からだ(「日本の推理小説」、『随筆黒い手帖』)。「鬼」と呼ばれる一部のマニアが満足するような作品ばかりが生まれ、一般の読者が推理小説から離れていったのだと主張する。

 清張は、自分が読みたい作品を自給自足的に書きはじめる。

「私は自分のこの試作品のなかで、物理的トリックを心理的な作業に置き替えること、特異な環境でなく、日常生活に設定を求めること、人物も特別な性格者でなく、われわれと同じような平凡人であること、描写も「背筋に氷を当てられたようなぞっとする恐怖」の類いではなく、誰でもが日常の生活から経験しそうな、または予感しそうなサスペンスを求めた。これを手っ取り早くいえば、探偵小説を「お化屋敷」の掛小屋からリアリズムの外に出したかったのである」(同)

 清張は推理小説において、トリックよりも動機を重視すべきだと繰り返し述べた。そうすることによって、人間を描くことができるからだ。

「殊に、現代のように、人間関係が複雑となり、(略)人間は或る意味において個として孤立している状態では、推理小説の手法は最も活用されてよい。その場合には、リアリティの附与が益々必要だと思うのである」(「ブームの眼の中で」、『推理評論集』)

 そのため、清張は絵空事を排して、日常の中に潜んでいる犯罪や、誰の身にも起こりうる危機を描いた。登場人物には政治家や官僚など社会的地位が高い者も多いが、彼らが犯罪を起こす動機はたいてい卑近であり、その点ではわれらの隣人なのだ。

「清張以後」という言葉があるように、清張に影響を受けた作家がリアリティを重視する作品を発表するようになり、それらは「社会派推理」と呼ばれた。しかし、水上勉『飢餓海峡』など数作を除けば、いまはあまり読まれていない。清張は社会派推理の創始者にして、孤独な頂点であったと云える。

新潮社 波
2022年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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