人間の情念は生きていても死んでいても恐ろしい 読後に震える直木賞作家・小池真理子の最新作

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

アナベル・リイ

『アナベル・リイ』

著者
小池 真理子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041115466
発売日
2022/07/29
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

ギフテッド

『ギフテッド』

著者
鈴木 涼美 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163915722
発売日
2022/07/12
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 恋愛・青春]『アナベル・リイ』小池真理子/『ギフテッド』鈴木涼美

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 小池真理子『アナベル・リイ』(KADOKAWA)に慄いている。亡霊が出てくる小説である。ありがちと言えばありがちだ。なぜそんなに心臓をバクバクさせているのか? 現われるのは、得体の知れない地縛霊などではない。親しい女友達の霊である。そのことがどうしようもなく怖いのだ。

 イラストレーター志望の悦子は、飾らない人柄のオーナー・多恵子が経営するバーでアルバイトをしている。祖父の遺した古い一軒家で一人暮らしの身の上だ。ある日、有名なフリーライターで常連客の飯沼が、新しい恋人・千佳代を連れてくる。千佳代は劇団に所属する新進女優で、急病で降板した看板女優の代役を務めたばかりだった。が、選ばれたのも科白を覚えていたからというだけで、その演技は評価されず落ち込んでいた。悦子自身も密かに好意を持っていたモテ男の飯沼が、なぜ美人だが垢抜けない大根女優を選んだのか。納得のいかない感情もあり、子犬が懐くように自分を慕ってくる千佳代を最初は疎ましく思った悦子だが、次第に二人は特別な友人となっていく。

 愛する男の妻となり幸福の絶頂にいたはずの千佳代は、ある日急な病で命を落としてしまう。友の死を悼みながらも飯沼への思いを解放し始めた悦子と、かつて飯沼とは男女の関係にあった多恵子の前に、千佳代の姿が現れるようになる。亡霊など信じていなかった悦子だが、否定したくてもできないその存在に怯え暮らすようになる。

 一見純朴で凡庸だが、他人の心に忍び込む独特の人懐っこさと色気があり、並はずれた執着力を隠し持っている千佳代。親しい人間に対しても冷静で辛辣な分析をする観察眼を持ち、合理的に生きてきたはずの悦子だが、親友の支配から逃れることができない。境界を超えるほど深く強い人間の情念は、生きていても死んでいても恐ろしい。最後のページを読み終わった後も、手が細かく震えていた。

 鈴木涼美『ギフテッド』(文藝春秋)は、夜の街で生きる二十代の女性が主人公である。命を終えようとしている詩人の母親が「あと一編だけ、詩をかき上げたい」という理由で、病室から歓楽街にある主人公の部屋に移り住んでくる。ほとんど食べられなくなった母に食事を作り、乾燥した皮膚にクリームを塗る。病院に戻った母を、毎日見舞う。献身的な看取りをする主人公の腕には刺青がある。その下にあるのは、母によって焼かれた火傷の痕である。

 風俗店で働いていた友人の自死、クラブシンガーとして働いていた母の過去、そして十七歳で家を出てから火傷の痕に翻弄されてきた主人公の感受性を通し、身体に値段をつけられて生きることの痛みと、美しく自尊心が強かった母が衰えていく姿がリアルに描写されていく。鮮烈な言葉と静謐な文体が心に刻まれた。ひりひりするのに、やけに穏やかな読後感の一冊である。

新潮社 小説新潮
2022年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加