現在9刷15万部! 不安、不満に寄り添う純文学

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おいしいごはんが食べられますように

『おいしいごはんが食べられますように』

著者
高瀬, 隼子, 1988-
出版社
講談社
ISBN
9784065274095
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

現在9刷15万部! 不安、不満に寄り添う純文学

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 もはや大御所の新刊小説が発売されるたびに華々しく騒がれる時代ではなくなった。その一方、「86年ぶりの3刷」のニュースで話題になった『文藝』のリニューアルをはじめ、「売れない」と言われ続けてきた純文学の熱がいま、静かに広がりつつある。

 先日発表された第167回芥川賞の受賞作、高瀬隼子の『おいしいごはんが食べられますように』は現在9刷15万部。今年3月の発売後すぐに重版がかかり、賞レースが始まる前から着々と売れ続けていたという。加えて、今回は他の候補作の売れ行きも好調で、年森瑛の『N/A』(文藝春秋)は発売後2ケ月で4刷が決定。「受賞作だけが瞬発的に売れるのではなく、候補作全体の数字が動き続けるのは珍しい」と出版関係者は目を丸くする。

 本と読者をつなぐ現場ではいま何が起きているのか。その一端が垣間見えるのが、ジュンク堂書店池袋本店6階の特設会場「作家書店」だ。今年2月からは「変貌する文芸誌」と題して、五大文芸誌の編集者たちが選書を行い、思わず唸らされたライバル誌の特集なども紹介。近年の純文学まわりの景色が立体的に浮かび上がるコーナーになっている。

 純文学の作品は単行本が未刊行のものも多く、読者との出会いを狭める一因となってきた。ここでは半年分の文芸誌のバックナンバーが並び、気になった作家の名前を見つけたらすぐに手に取ることができる。

「読者の方々が直接アクセスできる場として機能しているのは嬉しいです」(担当スタッフ)

 では読者からはどんな声が届いているのだろうか。例えば今回の芥川賞をめぐって聞こえてきたのは、「自分事として捉えられる」という声だ。職場に充満する「割りに合わない」という感情を緻密な物語に昇華させた『おいしいごはん~』をはじめ、候補作はいずれも社会の綻びや偏りから生まれるものを丁寧に掬いとっている点で共通している。

「他人事のように消費できる娯楽ではなく、自分のなかにある、未だ名付けられていない不安や不満に寄り添ってくれるもの。いまの純文学作品はそんな姿をしているように思います」(同)

新潮社 週刊新潮
2022年9月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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