「ピリカチカッポ(美しい鳥)知里幸恵と『アイヌ神謡集』」石村博子著(岩波書店)
[レビュアー] 梅内美華子(歌人)
『アイヌ神謡集』をあらわした知里幸恵の今年は没後100年。校正を終えたあと心臓病のため19歳で早世、出版は没後の1923年であった。戦後の78年に岩波文庫に入り、英語ほか各国語に翻訳され、美しい表現と深(しん)淵(えん)な世界観が広く読まれるようになった。
登別にアイヌとして生まれた幸恵は、金田一京助と出会い、アイヌ民族の神話・口承文芸を記すように勧められ、アイヌ語の音をローマ字に起こし、日本語に翻訳することに心血を注ぐ。その背景には同化政策によって失われゆく故郷や、貧しく身を売りながら死んでいった同胞への悲嘆があり、キリスト教者として許しと感謝の精神で乗り越えようとした葛藤があった。著者は幸恵のノートや書簡などに丹念にあたり、推敲(すいこう)の苦心や口語体の成果を浮かび上がらせる。
幸恵の先祖や親族、幸恵に惹(ひ)かれた研究者たちの面影や言葉を辿(たど)り、「銀のしずく記念館」開館に到(いた)るまで、本書は最新の幸恵研究をまとめた。
カムイユカラ(神謡)には翻訳できない音がある。その音を残すことに幸恵の誇りと祈りがあった。