『ジョン・フォード論』蓮實重彦著(文芸春秋)

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ジョン・フォード論

『ジョン・フォード論』

著者
蓮實 重彦 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784163915746
発売日
2022/07/21
価格
3,410円(税込)

書籍情報:openBD

『ジョン・フォード論』蓮實重彦著(文芸春秋)

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

「主題」に注目 独特映画論

 二十世紀のアメリカで活躍した映画監督ジョン・フォード。大型国語辞典には「豪放な男の生き方を好んで描き、西部劇の第一人者となる」(デジタル大辞泉)とある。そうした特徴づけが定番となったせいか、近年に至るまで、人種差別や家父長制を擁護する「政治的に右翼の作家」という評価が横行しているという。

 しかし、蓮實重彦によるこのフォード論の書物は、たとえば白いエプロンを、ある作品では女性が、そして別の作品では男性がまとって画面に登場することに目をむける。フォード映画の総体においては、作品どうしの境界線も、女性と男性との境界線もこえて白いエプロンが画面に登場し、映像のなかで独特の意味を発揮しているのである。

 この本は「西部劇」といった時代設定や、「男の友情」といった道徳的(?)な基準で作品を論じることを、いっさい行わない。フィルムのあらすじや劇中人物の心理についても、作品を見ていない読者も楽しめるように詳しく語ってはいるが、それを中心にして批評を展開するわけではない。

 白いエプロンのほか、馬、太い木の幹、レインコート、人が何かを「投げる」動作など数々の「主題」が、フォードの映画には作品の違いをこえて登場する。それは意識して演出されたものとも限らない。作品を道徳や政治イデオロギーで裁断することをやめ、画面に現れるものにひたすら注目すること。そのようにして映画を注視し、さまざまな「主題」が生きて働いていることに気づくなら、人はその一瞬の運動に魅了されずにはいられないだろう。そう力説する蓮實流批評の特色を、存分に味わうことができる。

 蓮實がジョン・フォード論を書くと宣言したのは、早くも一九七〇年代初頭のことであった。長年にわたって愛読者が待望してきた一冊である。独自の映画原論と呼ぶべき『ショットとは何か』(講談社)も四月に刊行された。その批評の魅力にふれるために、また映画とはどうやって見るものかを知るためにも、あわせて読んでみる価値がある。

読売新聞
2022年9月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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