本屋大賞作家による忘れられない恋の物語は クラシックどころか、新鮮にして過激—— 凪良ゆう『汝、星のごとく』

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汝、星のごとく

『汝、星のごとく』

著者
凪良 ゆう [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065281499
発売日
2022/08/04
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

本屋大賞作家による忘れられない恋の物語は クラシックどころか、新鮮にして過激—— 凪良ゆう『汝、星のごとく』

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

■物語は。

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■『汝、星のごとく』凪良ゆう(講談社)

本屋大賞作家による忘れられない恋の物語は クラシックどころか、新鮮にして過...
本屋大賞作家による忘れられない恋の物語は クラシックどころか、新鮮にして過…

 忘れられない恋に囚われた男女の人生を、長期間にわたって描き出す。クラシック、とすら言える恋愛小説のかたちだ。しかし、著者の名前を聞けば、何かが起こると思わずにはいられない。『美しい彼』をはじめBL分野で数多くの名作を著し、誘拐事件の加害者とされた青年と被害者とされた少女の一五年後の再会を描く『流浪の月』で二〇二〇年本屋大賞に輝いた、凪良ゆうだ。
「月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく」。不穏な一文から始まるプロローグでは、その印象を裏打ちする過去のエピソードが断片的に現れる反面、穏やかな日常が綴られていく。そして、「わたし」が夏の夕日を照り返す銀色の海や、高校生が自転車でふたり乗りしている姿を目にしたところで、時間が巻き戻り本編が幕を開ける。第一章の第一節は「青埜櫂 十七歳 春」、次いで「井上暁海 十七歳 春」。節が変わるごとに男女の視点が変わる、デュエット形式が採用されている。
 瀬戸内海に浮かぶその島へ、高校生の櫂は母親と一緒に京都から引っ越してきた。島で唯一のスナックを経営する母の存在は、息子の異質さを際立たせる。周囲に馴染めないまま一年が経ったが、創作活動が彼の支えとなっていた。自分が原作を書いてネットで知り合った友人が作画する、漫画ユニットが青年誌の新人賞を受賞し、連載枠獲得に向けて格闘していたのだ。一方の暁海は、この島で生まれ育った少女だ。この春から父が不倫相手の家に居着いてしまったことは、島の大人たちの噂の的となっている。精神が不安定になった母との息苦しい日々の中で出会ったのが、同級生の櫂だ。二人は少しずつ近づき、同じ速度で恋を自覚する。初めての両思い、初めてのキス、初めてのセックス。恋愛関係に付随する出来事の描写が、驚くべきまぶしさで突き刺さってくる。
 以前、凪良ゆうは人間関係における赤い糸ではなく命綱を書く、と指摘したことがある(『流浪の月』文庫解説)。櫂と暁海の間に介在するものも赤い糸でありながらやはり、命綱だ。その感触は、櫂が東京へ行き、暁海は島へ残るという高校卒業後の進路が確定して以降、より強まる。しかし、物語が中盤に差し掛かった頃、決定的なすれ違いが起こる。本作のメインを成すのはそれ以降、二人のあいだに流れる時間だ。この世界に相手が存在しているから、自分は生きていられる──忘れられない恋とは命綱の別名であることが、櫂のパートを通して具体的に示されていく。暁海のパートでは、噂話が渦巻く島に死に物狂いで根を下ろし、母をケアしながらサバイブする毎日が活写される。両者に共通するエピソードとして、恋愛感情はなくてもセックスはできる、とあくまでさらりと書いている点が現代的だ。そして、命綱は一本だけではなく、数と種類を増やすことができるのだと綴る筆致に、さらなる現代性が宿る。作中では「互助会」という表現が登場するが、物語の終盤に至り、瀬戸内海の砂浜で小さな共同体が現れるシーンは本作屈指の幸福感を放つ。その共同体が生まれたきっかけは何か? 櫂と暁海が恋をしたことだ。
 世の中を見渡せば、恋愛はコスパが悪い、しなくてもいいという言葉が氾濫している。が、その言葉だけでいいのか? 何より大事なことは、自分の人生は自分で決める気概と基盤を持つこと。そう告げたうえで、恋愛は見知らぬ誰かと誰かを繫げ、他者を知ることで己を知り、命綱を成す可能性があると示す本作は、クラシックどころか新鮮にして過激。世間の「当たり前」を物語の爆風で蹴散らす、凪良ゆうだから書けた恐るべき傑作だ。

■あわせて読みたい

■『マチネの終わりに』平野啓一郎(文春文庫)

 天才ギタリストの蒔野聡史と、ジャーナリストの小峰洋子が出会い、恋をする。重篤なアクシデントが発生し、二人の間に埋めることのできない距離が生まれ──。本作における忘れられない恋は、ミドルエイジクライシス(中年期の不安)によって増幅される、あり得たかもしれないもう一つの人生の象徴だ。

KADOKAWA カドブン
2022年09月05日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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