<書評>『米露諜報(ちょうほう)秘録 1945−2020 冷戦からプーチンの謀略まで』ティム・ワイナー 著

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米露諜報秘録1945-2020

『米露諜報秘録1945-2020』

著者
ティム・ワイナー [著]/村上 和久 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784560094365
発売日
2022/07/04
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『米露諜報(ちょうほう)秘録 1945−2020 冷戦からプーチンの謀略まで』ティム・ワイナー 著

[レビュアー] 名越健郎(拓殖大海外事情研究所教授)

◆プーチンの対米復讐活写

 冷戦期からの米ソ・米ロの政治戦やスパイ合戦を、解禁された機密文書や当事者の証言で描く、迫力ある裏面史だ。二年前に原著は刊行されたが、後半は帝国再興に燃えるプーチン大統領の対米復讐(ふくしゅう)劇で、ウクライナ侵攻にいたる「前史」が理解できる。

 興味深いエピソードも多い。一九八二年、レーガン米大統領はローマ教皇との会見で、「われわれが生きている間に東欧は自由化する」という趣旨のことを述べた教皇の手を取って「力を合わせてやりましょう」と語り、東欧への隠密工作を政府に命じた。そして東ヨーロッパへの隠密工作を政府に命じた。

 八〇年代前半、レニングラード(現サンクトペテルブルク)は荒っぽい「KGB(ソ連国家保安委員会)の街」で、米国外交官らに嫌がらせや脅迫を行った。「プーチンは二十代から三十代にかけて、この文化の一部だった」

 プーチン大統領に<情報KGB>の考えを植え付けたのは元KGB職員のイゴール・パナーリンで、ロシアはフェイクニュースやサイバー戦を対米戦の中核に据えた。

 ジョージア側が先に仕掛けた二〇〇八年のジョージア戦争も、ロシアが周到に事前工作した偽旗作戦が描かれる。一六年の米大統領選で当選した親ロ派・トランプ氏は、プーチンがホワイトハウスに送った「トロイの木馬」で、ロシアのエージェントだと主張する。西側圧勝に終わった冷戦の後、ロシアの復讐戦略が効果を上げているとの見立てで、ウクライナ侵攻も必然だったことになる。

 ピュリツァー賞記者の著者はニューヨーク・タイムズ紙時代の九四年、米国による自民党への違法な資金援助工作を暴いた調査報道で知られ、この問題で日本のメディアは完敗だった。

 ただ、本書は情報工作の威力を過剰評価するあまり、記述がバランスに欠けている。二十一世紀以降はまだ公文書が解禁されておらず、既報の部分も多い。それでも、日本人にはなじみの薄い情報戦に肉薄する上で貴重な材料を提供している。

(村上和久訳、白水社・3300円)

1956年生まれ。元ニューヨーク・タイムズ記者。CIAが自民党に数百万ドルの資金を提供したと暴露。

◆もう1冊

ティム・ワイナー著『CIA秘録』(上)(下)(文春文庫)。冷戦期のCIAの秘密工作の全貌を告発。藤田博司ほか訳。

中日新聞 東京新聞
2022年9月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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