“飛べ”と言われた時に飛べるか 働く女性への実践的な示唆

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私は「ハンサム・ウーマン」

『私は「ハンサム・ウーマン」』

著者
塩見 和子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784109102209
発売日
2022/07/27
価格
999円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

“飛べ”と言われた時に飛べるか 働く女性への実践的な示唆

[レビュアー] 吉田伸子(書評家)

 同時通訳、サザビーズジャパン社長、日本音楽財団・日本太鼓財団理事長。著者の塩見さんがこれまで携わってきた仕事である。男性でもこれだけのキャリアがある方はそうそういないはずで、塩見さん自身「男性中心社会、そして既得権益が岩盤のようにある業界で、さぞ歯を食いしばって、男勝りに働いてきたのだろうと、私のことを想像するかもしれません」と書かれている。

 けれど、実際の塩見さんは、それとは正反対の働き方をしてきた。「男勝りでもなく、女性の繊細さ、心遣いは忘れないように男性と接し、男女分けへだてなく」仕事をしてきたのである。本書は、そんな塩見さんが歩んできた道のりを辿りつつ、働く女性への実践的な示唆に富んだ一冊になっている。

 横浜正金銀行の行員だった父親の海外赴任に伴い、中学生のころから体験した海外での生活は、大学卒業後に進んだ同時通訳の仕事に、同時通訳で培った言語と社交のスキルはサザビーズジャパンでの仕事に。そして、サザビーズジャパンで得た知見と人脈は日本音楽財団・日本太鼓財団での仕事へ。塩見さんのキャリアの足跡を見ると、過去の仕事が全て繋がって“今”になっていることがよくわかる。そこにあるのは、前述した彼女の仕事に対する姿勢と、彼女がずっと大切にしているという行動原理だ。

 それは「“飛べ”と言われた時に飛べるか」ということ。

「自分自身はできるかどうかわからないけれど、信頼できる人が『飛べ』と言うからには、この人には私の気付いていない『何か』が見えているのだろう、何かを感じているのだろう、ということなのです。/だったら飛んでみよう」

 サザビーズジャパン退職のくだりも、塩見さんらしい。本社の経営がイギリスからアメリカに移り、新しく就任したアメリカ人社長から「あなたがこれまでやったことは誰でもできた」と告げられた三時間後(!)には、十三年間勤めたサザビーズをあっさりと退職しているのだ。「嫌な相手と無理してつきあわなくていい」「しれっと、『ごきげんよう』と去っていけばいいだけの話」。

「終章にかえて 親友・森瑤子のこと」には、今は亡き作家・森瑤子さんとの交流が綴られている。本書のタイトルにも使われた「ハンサム・ウーマン」の名付け親は森さんだったのだ。塩見さんのハンサムな背中とその言葉は、働く女性たちへのエールとなっている。

新潮社 週刊新潮
2022年9月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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