社会の同調圧力から自由を求める闘い

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萩尾望都がいる

『萩尾望都がいる』

著者
長山, 靖生, 1962-
出版社
光文社
ISBN
9784334046200
価格
1,078円(税込)

書籍情報:openBD

社会の同調圧力から自由を求める闘い

[レビュアー] 田中秀臣(上武大学教授)

 1970年代から80年代前半にかけて日本のマンガは時代の最先端を突き進んでいた。映画やアニメとは異なる独自の表現が進歩しただけではなく、その内容の多様性においても傑出した作品が続出していた。山岸凉子、竹宮惠子ら「花の24年組」、池田理代子、大友克洋ら。その中でも特に抜きんでた高い嶺が、萩尾望都だ。

 長山靖生『萩尾望都がいる』は、同時代の熱気を再現しつつ、ジェンダーやSF、そして親子関係などに新たな観点を切り開いた萩尾の革新性を丁寧に論じている。萩尾が『ポーの一族』などで少年たちを主人公に据えたのは、少年の方が何をしても「自由」が認められるからだという。つまり女性はいちいちその行動に「理由づけ」を読者から求められてしまう。そのような社会的制約から主人公たちを解放するための工夫だった。

 萩尾の全作品が、社会の同調圧力からの自由を求める闘いを描いている。主人公たちの闘いはその意味で孤独だ。萩尾の描く破裂するかのように輝く星々と底知れぬ暗黒の対比に似る。

 本書は、萩尾と竹宮の関係性、「花の24年組」の事実検証、そして萩尾のヘルマン・ヘッセを通じた神秘主義的な側面などを厳密に解説している。また戦後のマンガやSFの裏事情を含めた通史としても読める。なによりも本書が伝えるのは、萩尾の作品を読むことが、核戦争の脅威とパンデミックの時代に、個人の自由と尊厳を確認する絶好の機会になるということだ。

新潮社 週刊新潮
2022年9月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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